第321話 困惑に混じるもの ②

「大凡の自然の生き物は、俺達には懐かない。

 猿の子供に餌付けするのはこんな具合かと。」


 猿。

 確か以前も、猿と評された記憶が浮かぶ。


「猿でも何でもいいですから、蒸餅をください」

「がっつくな、いきなり食うと吐く」


 確かにそうだ。

 それでも細かく千切った欠片が口に運ばれる。

 それを暫く咀嚼して、やっと余裕が生まれた。


「旦那、他の方々は?」


 交代で食事をしている兵士の集団。

 街の住人らしき人の姿もある。

 神官もいた。


「他?誰の事だ」

「いつものお連れの方たちですよ。ご一緒ではないのですか?」

「あぁあいつらな。彼奴等は、責任者と一緒に城跡で現場検証だ」

「責任者?」

「神殿兵を伴って、本神殿の祭司長が来ている。」


 成程と、白湯を飲み干しながら、やっとまともに思考が動く。

 祭司長。

 神官でも審問者は厄介だ。


(無駄な恐れだよ。

 君はグリモアの主。

 そして君は供物だ。

 神の供物の何を裁くというのだ?)


 異端というのは、普通ではないという意味だ。

 であるならば、私は彼らの敵ではないのか?


(混乱しているね。

 彼らの神と君の神は違う?

 確かに違って見えるだろう。

 でも神とは様々な形をとる事を君は知っている。

 小さな白い蛇神も、人の暮らしを破壊する蠎も、神は神だ。)


 でも、それを彼らが受け入れるわけではない。

 邪教の徒ではないという主張が、何処まで信じてもらえるのかわからない。

 私が同化したグリモアの主となった今、それを否定できるのか?


(邪教ねぇ、ひと苦言あるけど今は黙るよ。)


 もう一度白湯を飲まされる。

 それからカーンは薬に手を伸ばした。

 痛みと熱を下げる薬と膿んだり腐ったりするのを防ぐ薬だ。

 熱を下げる方は、すでに今日の分を与えられている。

 食事をしたらもう一つを早めに飲めと言われていた。

 取り出されたのは、その粉末を包んだ物だ。

 それを白湯の椀へと無造作に振り入れる。

 気匙でグリグリとかき混ぜられた代物は異臭を放つ泥だ。

 何かを言う前に、その椀が口にあてられた。


「これを飲んだら楽になる」


 楽に死ねそうの間違いだ。

 少なくとも食べられるような臭いじゃない。

 何の臭いが一番近いだろう?


(硫黄と薄荷みたいな香りだね。

 何にしろ薬効は確かだ。

 昔ながらの化膿止めの薬草が使われている。

 原料は安価で、貴重なものは使われていないけど、効き目が高い。

 しょうがないって言えばしょうがないけど、飲みやすさは考えてないねぇ)


 食事が逆流しそうで、口を開くことができない。


「自分から飲むか、むりやり流し込まれるか、どっちがいい?」


 一息に飲む自信がない。


「毒みたいです」

「まぁ毒みたいなもんだが、手足が腐って落ちるのを防げるな」


 目を瞑り、息を止めて流し込む。


(おっ、思い切ったね)


 味は苦いより、生臭い。

 宿場の粥が美味に思える生臭さだ。

 吐いてなるものか!と、無理矢理に飲みくだす。


「おっ、何だよ、楽しそうだなぁ。

 こっちはエグいもんばっか見て回ったうえに、汚い髭面のおっさんに囲まれてるってのによぅ。

 あぁ俺も一休みすっかな〜お茶もらえる?」


(おやおや、噂をすればだね)

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る