第145話 宿場の夜 ②

 冬の枯れた草原が広がる。

 振り返れば恐ろしいほどの積乱雲と冬の山々がそびえていた。

 距離は思うよりある。

 だが北領で見るよりも、その偉容いようは恐ろしく見えた。

 遥か天空を雷光と黒雲が渦を巻いている。

 恐ろしく美しい絶景だ。

 しかし、振り返る事もない男達は、途端に陽気になった。

 無口だと思っていた彼らも、馬脚を緩めると無駄口をたたく。

 未だ昼前である。

 休憩をいれても夜には大きな宿場に着けるようだ。

 ならば私の役目も終わる。

 爺達が用意した鑑札は、出稼ぎ用の物だ。

 人別は抜けておらず領主が認めた物なので、とがめられる事はない。

 奉公先も高望みしなければ、仕事を得ながら流れる事もできるだろう。

 カーンは忘れ、彼らとはこれでさよならだ。

 約束は果たされ、私は旅に出るのだ。

 宮の底に還る日まで。

 一つの荷がおろされたのだと安堵した。

 爺達は生きている。

 カーンも生きている。

 これで自分の事だけ、存分に思い悩むことができるのだ。


 そうした私を含めた皆の雰囲気が緩み、気がついたエリが顔をあげた。

 馬酔いした子供の顔を見ながら思う。

 私の予定は無いも同然。

 ならばエリの落ち着き先を見つけるのが先だ。


 枯れた草原に点々と石の道標が続く。

 これは旧街道の道標である。

 本街道と統合された後も残っているのだ。

 だから、この道標が示すのは現王国以前の都との距離だ。

 それさえわかっていれば道標として目的地との距離を推し量る事ができる。

 そうして道標を頼りに、昼になる頃、我々は進路を東南に変えた。

 ここからは現王国の街道、本来辿るべき道へと向かう。

 目的の道は交易路となる太いものだ。

 やがて枯れた大地に砂利を含んだ道が見える。

 踏み固められた黒い土と簡素な平石の道だ。

 馬の往来には十分だが、それにしても想像より悪路である。

 これなら旧街道の道で距離を稼ぐというのもわかる。

 昔の道の方が丁寧に造られており、馬の進みもよい。

 一行は速度を落とし、今度は東に馬首を向ける。

 と、ここで私の乗る馬が疲れをみせた。

 軍馬と村の馬ではそもそも体力が違いすぎる。

 北の馬が劣るのではない。

 足は遅いが体力もあるし、気性も我慢強く大人しい。

 けれど軍馬の巨体を見れば、それはもう別種の生き物だ。

 男達もわかっている。

 私の馬が足並みを落とすと、それを合図に休憩となる。

 草原へと踏み入り、皆、馬を止めた。

 エリは馬からおりると、さっそく用を足しに草むらへと入っていった。

 遠くに行くなといいながら、馬に水を与える。

 馬用の水と言っても十分ではない。

 運べる量などたかが知れている。

 彼らを満たすには、大量の水がいるので、本来なら水場を選んで進むものだ。

 人も火を使わずに食事と水分をとる。

 馬に揺られ続けたので食欲がない。

 それでも弱ったエリには食べさせねばと、用足を終えた子供に手作りの飴を含ませた。


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