第408話 遺品 ②

 引き出しを整理し終わるのに大分時間がかかった。

 けれど部屋には他に物も無い。

 書物机には引き出しもない。

 筆記用具と文鎮、他は何もない。

 洗面台も水さしと手拭いに剃刀。

 小さな鋏に石鹸と、特に調べる物も無い。

 窓には遮光の黒布。

 暖炉の前の敷物は、草臥れ具合を見れば教会に寄付された品だろう。

 簡素で愛想のない部屋だ。

 やはり己に厳しい決め事を強いるような人だったのだろうか?

 ぐるりと見渡して、私は首を傾げた。

 小さな違和感。

 おかしいと思うような物はない。

 あの屑入れの中身だとて、内容が気になるだけだ。

 何も、おかしな事など、無い?


(今日は、薄曇りでちょっと寒いね。

 やっぱり暖炉は暖かい。

 に感謝しよう。

 誠、しっかと

 大丈夫さ、落ち着いて。

 普通の感謝だ。

 ちょっとしたお喋りだよ。

 ちょっとしたお喋りだからタダだよ。

 さて、君は想像してみた。

 利用していたのは、君より大きな男だった。

 寝台は少し窮屈だけど、まぁ寝られない事もない。

 君は無意識に、想像していた。

 そして、変だと思った。

 何だろうね、でも、今は、わからない。

 きっとそれは小さな事。

 気にする必要は無い事かもしれない。

 それは小さな変化であり、きっとそこここで起きている。

 いつも始まりは、の始まりは、小さな出来事からだ。

 けど、君には関係ないことさ。

 誰かのは、結局、君のではない。

 わからない事は、わからない。

 僕が言うのもなんだけど、気にし過ぎは良くないよ。

 じゃぁちょっとだけ、感謝を込めて良い手札をあげよう。


 が善きものであれば、も善きものへと繋がるだろう。


 あぁ大丈夫、大丈夫、きっとにならないよ。

 さて、この部屋は東向きだけど、景色はいただけないね。

 ほら、窓を見てみよう。

 夜の月も見えないなんて、僕なら耐えられないね)


 窓を開ける。

 錆びた蝶番のせいで、空気を取り込める隙間だけが辛うじて開く。

 湿気が室内に流れ込む。

 暖炉の熱がなければ、この小部屋は寒すぎて使う気にならない。

 それに窓の外は外殻、すぐ目の前は城塞の壁だった。

 拭き掃除もしよう。

 ビミンがお茶の時間だと呼びに来るまで、私はモヤモヤとした気分で過ごした。


 ***


 お茶は、食堂かその奥にある応接室でとる。

 今日は食堂の方である。

 ビミンと母親、そして祖父も一緒にだ。

 このお茶の時間が午前と午後に一度づつ入る。

 この習慣は、獣人族と亜人の食習慣から取り入れられたものだ。

 人族の食事は、朝夕二回が基本で、多くて昼を入れて三回。

 裕福か否かで回数が変わる。

 これに対して獣人族は、個体差がある。

 多くが三食以上複数回。

 状況によっては絶食も人族以上にできる。

 食わずに活動できる限界が人族より長い場合もある。

 そこで種族が部族単位のまとまりから、国家になり、人種統合が行われた後は、朝夕二食の固定食の習慣を取り入れた。

 ようするに集団生活を行う場合は、朝夕だけはどのような種族とも一緒にご飯が食べれるように習慣にしたのだ。

 教会では、基本三食にして複数回のお茶の時間をとる事にしていた。

 獣人種の巫女様に配慮しているのもあるが、私を肥えさせるというビミンの目標も達成できる訳だ。

 今の所、モリモリ食べているが、ビミンの目標には届いていない。

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