第407話 遺品
便箋の二枚目であろう、白紙に残る痕跡だ。
下書きではなく、強い筆圧で残った文章が浮き上がっている。
ただ、普通なら簡単に読めないだろうし、用心して二枚目を捨てたが、処分する前に倒れたか。
読めないだろう。
これは共通語ではない。
古い時代の大陸文字だ。
ボルネフェルトが好む呪術文字のひとつでもある。
返信と覚しき、その手紙も捨てられていた。
趣味が悪い行いだが、引き裂かれた紙をつなぎ合わせた。
これも古代語か、知る者も少ない言葉で書かれている事を考えると、これはあまり公にできる内容ではないのだろう。
思いがけず、名簿は手に入れた。
の住民でも 者は免疫がない。
それでも も安心できない。
予想以上だ。
五年だ。
どう偽っていられたのか、 の宗主だけではない。
このような状態になるまで、どうしてわからなかったのか。
今の駐屯地の者は のか?
これ以上の調査は無理だ。
人種の問題ではない。
例え、長命種であろうと、意味はない。
冒涜者は犠牲者を選別しないのだ。
無記名の返信は、字の感じから男性のように思えた。
燃やすべきか?
これもクリシィに判断してもらう事にした。
死者を冒涜する気は無いが、紙片を処分するには不穏な内容だ。
覗き見のようで、気分が悪い。
次に、私は掃除にとりかかった。
***
私物は少なかった。
衣服は、普通の神官服と儀式用の凝った作りの物が数着。
季節ごとの衣装がそれぞれ整頓され、衣装箱に収められていた。
衣服から、大柄な壮年男性だと想像できる。
病没の無念を思いつつ、雑記帳に物の名前と数を記入する。
衣装箱を粗方検め終わると、今度は小さな箪笥に手を伸ばした。
なにやら、賊のような気分だ。
もちろん必要な行為である。
それでも身も知らぬ人の持ち物を見るのは、思った以上にばつの悪いものだった。
きっと知人や身内ならば悲しみや思い出に浸る事になるのだろう。
その悲しみが無い事を幸いと思い、冥福を祈るつもりで行うべきだ。
でも、やっぱり知らない人の秘密を見ているような気持ちは拭えない。
フムと一度手を止める。
きっと先程の走り書きが、不穏であり秘密めいていた事が原因だと思う。
他人の秘密が気になるのは、ちょっと下世話だ。
(呼ぼうかい?)
「少し拭き掃除もしようかな」
小引き出しが三段に、手前に真ん中から開く戸棚が二段の箪笥だ。
上から順に開けていく。
木綿の手ぬぐい数枚。
靴下に身だしなみを整える品々。
小物数点。
ひとつひとつを取り出して、書き出す。
それらは元々部屋にあった空の木箱に収めていく。
木箱は引っ越しに使った物だろう。
中身は特に入っていなかった。
衣装箱は持ち込みのようだし、この部屋にある神官様の私物は、すべて木箱に収めてしまおうと思う。
(ねぇ、呼ぼうか?)
「何故?」
(答えが知りたくないのかい?)
「答えだけは知りたくない」
(正解)
いつもどおりの言葉の罠に、私は何故か笑ってしまった。
すくなくとも死の影が満ちる部屋に一人ではない。
魔の者どもを恐れねばならぬのに、怖がる相手を間違えているようだ。
この部屋の気配、残された物、断片全てが何故か怖かった。
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