第122話 廃村 ③

「間違いではなさそうですよ、カーン」


 同じく馬を寄せてきた男の仲間が、手を額にかざし崖先を見ながら言った。


「ほら、向こう側に道が続いています。地滑りかな、水と大量の土砂が崩れて流れたあとが。下はその土砂と水でひどい有様ですねぇ。迂回路はありますか?」


 聞かれて手元の地図を見る。


「迂回するには、分かれ道のところに戻って北に入ります。そうすればこの亀裂を避けられるはずです」

「少し遠いな。野営するにしても風雨がしのげる場所が欲しい」


 カーンの言葉に、馬首を寄せていた仲間が地図を指さした。


「これは何ですか?」

「多分、小集落の印です。現存するかどうかは」

「まぁ辺鄙な場所の集落が消えているのはよくあることですからね」


 飢えや病、獣に盗賊と辺境の山村が消滅する事は珍しくもない。


「だが村の跡地があれば、休めるだろう。急ぐぞ」


 引き返しながら、私は振り返った。

 気になるのは、道の崩れが新しい事だ。

 爺達が見回る頻度がどのくらいなのかわからない。

 けれど、あの崩れは最近だ。


「どうした?」


 ならぶカーンに、私はかぶりをふった。


「巻き込まれないでよかったと」

「まぁそういう考えの方がいい」


 何となく、この男の考え方と私の考え方は、似ている気がする。

 つい、先読みをしすぎて考え込んでしまうのだ。


「大丈夫だ。食料もある。

 この街道跡も思ったより道がしっかりとしている。

 下の本街道を通るよりも、距離は山を越えているので稼げている。

 厳しい寒さだが、逆に獣も少ないんだろ?」


 証拠に、全うな慰めをもらう。

 それに面食らったが、私は素直に頷いた。

 私はもう一度、背後を振り返る。

 暗い景色に、何故か背筋が寒くなった。


「あんまり振り返るなよ」


 奇妙な事に、傍らの男は私の馬の手綱を持ち、先を急がせた。


「御客人」

「大丈夫だ。前を向いてろ。

 それから御客人は、もうおかしいだろ。そろそろ慣れてきたはずだ、そうだな、ウルだ。」


 何を言っているんだこいつは。

 顔に出ていたのか、男が頭巾の下で笑う気配がした。


「ウルリヒ・カーンだ。

 だからウルだ。

 家名や何やらで、もっと長い名前なんだがよ。

 お前とも中々付き合いが長くなったからな。

 ウルと呼んでいいぞ」


 そのように愛称とやらで呼びあう仲ではない。

 まぁ不安を読まれて、落ち着かせる為の方便だろう。


「カーン様、と、お呼びします」

「お前なぁ、ガキなんだからよぉ、もうちっと馬鹿でいいんだぜ」


 そのやり取りに従者らしき男が、頭を振っている。

 ちらりと私が彼を見ると肩をすくめ、好きにさせろという態度。

 どうやら子供に対しては、いつもこのような感じらしい。

 まぁ爺達なら、子供扱いの方が得だと言うかな。

 せめて名前呼びは避けて、今までどうり旦那呼びにする事にした。

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