第225話 命の器 ③

「私が手を出したから、皆、生きているのよ。

 私が力を貸したから、トゥーラアモンも侯爵も生きている。

 私が、何もしなかったなら、皆、あの輪の中で死んでいた。

 私のお陰で、生きているの。

 生かされているのよ」


(この女は、自分で支払いをしたくなかったんだ。

 料理を食べたのに、金を払いたくない。

 呪術だって無料じゃないんだよ。

 必ず、力には燃料が必要なんだよ。

 相応の犠牲が必要なんだ。)


「嘘だ」


 否定に、奥方は私を睨んだ。


「亜人の癖に偉そうに、何を言っているのよ。

 私は、この城塞に使われている呪陣を読み解いたのよ。

 誰もできなかった事をしたの。

 この私が、愚かなアイヒベルガーを救ったのよ」


 それに人面が奇声を発した。


『ウソだね

 ウーソーだね

 うそうそうそーだねぇぇえええ』


「呪陣?お前たちは、何を言っているんだ」


 ライナルトは、奥方の姿に驚きつつも問うた。


「呪いよ。

 シュランゲのばばが呪ったのよ。

 アイヒベルガーすべてを呪ったのよ。

 それを私が防いだの。

 私が、守ってあげたのよ」

「嘘だ」


 私の否定に、彼女は本性を表したのか、歯を剥き出しにして怒鳴りかえす。


「黙りなさいよ」

「貴様こそ黙れ、アレンカ。

 どういう事なんだ、お前は説明できるのか?」


 エリはライナルトに抱えられたまま、眉を下げていた。

 今のところは無事だ。

 兎も角、この毒虫の注意をひかなければ。

(芥虫じゃなくて毒虫かい?

 この女は、僕達を手にした君なら、砂粒以下の存在なんだけどねぇ)


「死なない程度に、生気を抜いていたの間違いでしょう。

 奥方は、シュランゲの長が敷いたまじないを利用して、侯爵領の人々から生気を盗んでいた。」

「お前たちは何の話をしている、気でも狂ったか」


 そのライナルトの驚きを他所に、アレンカは堂々といい抜けた。


「この人はまだ、知らないのよ。

 侯爵は何処までいっても、卑怯だわ。

 追いかけてきたアレをどうにかするには、しょうが無いのよ。

 この街の人間で足りなかったら、補うしか無い。

 さもなければ、本当の青馬の再現ね。

 私はね、皆の為に手をだしたのよ。

 責められるいわれはないわ」


 嘘だ。

 と、私の中の者どもが嗤う。

 あぁ、最後まで嘘だ。

 なんと小さく歪な魂なのだろう。

 なんと、人間らしい汚らしさだ。


「違うだろう?

 貴方は、嘘を本当にしたかった。

 これまでの行いが、今の貴方の姿だ。」

「わかるように話せ」


 ライナルトの再度の問いかけは、呻きを伴っていた。


「卿は、奥方が何を望んでいるか知っておいでか?」


 ちらりと彼は奥方を見ると、頷いた。


「やめて」

「貴方は、自分の生まれを否定したかった」

「何のこと」

「貴方は、己の中の偏見に勝てなかった」

「黙りなさい」

「嘘を本当にする事を望んだ。」

「黙りなさい、私は西の産まれの」

「貴方は、ごく普通の長命種に似た亜人の女だ。

 だが、それの何処がいけない?」


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