第594話 幽鬼 ⑥

 何の為に力をふるった?

 誰に願われて、不死の王は答えた?

 そう、王は答えただけであり、望んだ者、人間がいたのだ。


 精霊語は何と言っていた?

 先の靄に奔る美しい言葉の流れは?


 モーデンの血による、約束の血の守護。


 馬上の娘

 轡を握る男

 金の記章


 それが示すは守護の行軍、鎮護の道行き。

 不死の王が施したのは、守りだ。


 では、それに続く異形の行軍、死者の道行きとは?


 異形、幽鬼の王か?

 その王が呼び出され死者を束ね、幽鬼の兵を侍らせる。

 そのような者に願うは、命の刈り取りだろうか。

 誰が何を願う?

 先の願いの真逆だ。

 否、本来は一つのものであったはずだ。

 最初の不死者、長命種であるモーデンの血に願ったのだ。

 幽鬼の王?

 不死者の王?

 王国開祖の王に願った、つまりモーデンになぞらえた。


 呪術の基本だ。


 擬似的にモーデンという人間の間で、神に近しいとされる開祖を術で作り出した。

 誰もが知っていて、誰もが想像しやすい形代だ。

 長命種の起源とされる者を象徴とし、術に落とし込む。

 彼らの本来の行軍は、悪意を退け、迷える魂を導く。

 そう、異形も宣言したではないか。


 迷える魂をここへ、と。


 つまり?


 守りを転化した者がいる。

 殺戮行軍に転化した為に、幽鬼の行軍になった。

 異形は魔物ではない。

 悪、ではない。

 神の意思を忠実に守っているのだ。


 どうすれば、いい?


 答えが積み上がった時、異形が動きを一瞬止めた。

 そして首を少し傾げ、カタリとこちらを見る。


 みつかった、な。


 そして大鎌の先を静かに向けた。


 冷たい息吹が吹きかかり、私の心臓は凍えた。

 冷たい冷たい誰かの手が、私の心臓を捕まえて、握った。

 なのに、口から溢れたのは、あたたかい血、だ。


 ふしぎ

 つめたい、のに、ふしぎ、あたたかい


 王は、私の炎を消すのだろう。

 あぁ、ここが、おわりの場所?


 こわい


 私は痺れたまま、目だけを傍らの男に向けた。

 狂ったような色の瞳に、私の情けない笑い顔が写り込んでいた。


 ***


 再び、時が引き伸ばされたように感じた。

 ひとつ咳をすると血の泡がこぼれた。

 苦しさに意識が途切れるのを恐れて、私はカーンを見つめ続ける。

 瞳の中の私は、小さな子供のように、目を見開いていた。

 すると不思議な事に、見えないはずの部屋の様子が細切れに脳裏を過ぎていく。


 カーンは、両刃の剣を右手で一気に引き抜いた。

 私を抱えるようになってから、剣を背負っているのだ。

 腰に下げる剣帯とは違い金属製だった。


 火花。


 素早く引き抜いた大剣が、金属の枠に擦れて火花が散る。

 外套の黒に火花が散って、屈んだ姿勢から一息に振り抜く。

 片手で金属の塊を振り抜くと、異形の刃を弾きあげた。

 そのまま体を入れ替えて、その胴体へと叩き込む。

 だが、異形の鎌がそれを受け止めた。

 距離をとると、カーンは手首をクルリと返した。

 私と一緒では戦い辛い。

 降ろせと伝えたいのだが、息が苦しく言葉が出ない。

 その間にも、獣人達の姿が浮かぶ。

 ザムは剣から手斧に持ち替え、骨を粉砕している。

 ミア達は円陣を組んで死角を埋め、攻撃を続けていた。

 モルドは数人を率いてい、油薬を撒いては燃やしている。

 トリッシュは追い詰められないように、仲間に動きを指示していた。


 ガツンと重い音。

 火花。

 引き絞るような金属の音。

 感覚が失われていく中で、何度も火花が見えた。

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