第705話 説話
聳え立つ城塞の威容を認め、私は安堵した。
行き暮れるような日々の末、たどり着いた場所。
どこかそんな思いがあった。
教会の部屋に戻りたい。
クリシィ様やビミン達はかわりないだろうか?
背の低い草をかき分けて進む。
すると機嫌良く先頭を歩いていたテトが鳴いた。
甘えるような鳴き声ではない。
怒りを含んだ威嚇音だ。
隊列が止まる。
人の感覚よりも動物のほうが優れている。
側にいた公爵も、カーンも無言で足を止める。
先にてトリッシュが風の匂いを嗅いだ。
「焼いてますね」
私達は、アッシュガルトが見下ろせる場所まで丘を走った。
***
城塞はアッシュガルト港を見下ろす斜面にあり、その更に高い丘陵にフォックスドレドの沼地がある。
城塞はその大きさから沼地中程、内地側からも見えるが、高低差から海岸線は沼地が切れるまで見えない。
私達はフォックスドレドの沼地、丘陵を駆け、海を見た。
丘の頂から見下ろせば、視界は遥かに開け、空、水平線、そして街が見える。
灰色の冬の海に、恐ろしげな城塞の黒ぐろとした影。
弧を描く港湾に岬の灯台。
そして囂々と吹き抜ける風に、焦げた匂いだ。
目を凝らせば、アッシュガルトから幾筋もの煙が立ち上っている。
火元を見定めようと、私達は視線を動かす。
城塞、灯台、砂浜、倉庫、街、住宅、漁船、街道。
左から右、広がる海にたなびく不穏な煙り。
左右に視線を振る。
何があった?
火元は、人々は?
視界が引っかかる。
染み。
この世にあってはならない穢れぞ。
何だ、何が目についた?
何がおかしい?
グリモアの視界か?
何が見えた。
力を。
何処だ?
何が臭う?
死だ。
死と、穢れ。
何処にいる?
何が?
いる。
よくないモノがいるぞ。
よくない。
何処?
海岸線の近くだ。
黒い、何か。
目を凝らす。
奇妙な動きをする、人?
奇妙だ。
痙攣している。
ガクガクと体を震え跳ねながら移動している。
ブルブルと頭を振り、両手は力なくだらりと下がって揺れている。
酔ったような足取りだ。
人、だよな?
「城塞閉門、旗は通常の中央旗!」
「パトリッシュ、二人つれて先行。
ザム、公爵につけ。
ミア、その塵袋を隠してこい、邪魔だ。
残りは三分割、戦闘陣形で待機。
モルド、油薬の残量を確認だ。」
穀物袋を隠すべく、ミアと担ぎ手が湿地に走る。
馬や荷駄類も後ろに下げた。
私達は、丘に点々と転がる岩のひとつへと身を寄せた。
切り出したような面を見せる岩の影に、公爵を潜ませる。
その間に、トリッシュ達は城塞方向へと駆け出していた。
死角と風の向きを見ながら、カーンは岩を回り込む。
私は下ろしてもらうと、テトを抱えて雑草の間から下を改めて覗き見た。
何かが燃える匂いが海風に混じる。
それに何か生臭いにおいもだ。
腐った汚水のような、においだ。
そうだ。
あの黒い人影はどこだ?
アッシュガルトの街の通りを見る。
目を凝らし、力を込める。
力を。
我が力を。
ふっ、と、意識が広がり、街の本通りに目が吸い寄せられた。
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