第363話 幕間 禁忌の扉 ④
生きてきた年月、ずっと苦しんできた。
不自由だからではない。
卑屈な己がもらす本心に、抗い続ける事が苦痛だった。
「どのようなモノができた?」
「拝見した限り、瞼が形成されております。
それに伴い睫毛、眉毛も生え揃うかと。
簡易な走査ではありますが、眼孔も固まり内部眼球と神経の繋がりと血流も滞りなく認められました。
これが短時間の形成という事、その眼球らしきものの形状を除けば、何ら問題なきお姿でございます。
付け加えるならば、お顔貌はご親族様方とよく似ておられます」
「異常な部分は」
「眼球の形状と視神経が人の物よりも複雑になっております。
目視した限り、眼球は昆虫の複眼によく似ております。
なので視力がもしあったとしても、通常の見え方が望めるとは考えられません。
異常な細胞増殖から考えると、切除の必要性も考えられます。
何れ、命の館にて精査する事になるかと。」
「病か」
コンスタンツェは、その後も混乱の中に置かれた。
繰り返される発熱と痛み。
頭蓋の中が破裂するような感覚。
そして気がつく。
自分の中を誰かが見ていた。
ふと、誰もいない部屋で横たわりながら、はっきりと感じる。
自分が他人を覗くように、誰かが記憶や感情を並べ切り取り刻む。
隠しておきたい本心が、見られている。
走馬灯ではない。
一つ一つを並べては、その存在達は嗤っていた。
コンスタンツェという人間の、愚かで醜い人生を広げ、ひとつひとつを嗤う。
寂しい。
悲しい。
辛い。
と、思った過去の出来事を、隠しておきたい惨めな事が晒される。
それは克服したはずの子供の頃の思い出だ。
どう取り繕うとも、大人になろうとも、傷つけられた事は忘れられない。
それを愚かだと嗤われる。
お前が求めるものは、ここには無いと。
耐えられず、彼は涙を流した。
涙、だ。
彼の口からは嗚咽が漏れ、包帯は湿る。
彼は恐ろしさに震えた。
涙。
目があるから、涙も流れる。
生まれて初めての、涙だ。
どう取り繕うとも、彼の信じていた事は崩れた。
何者かに記憶を覗かれたからではない。
拠り所にしていた土台を壊されたからだ。
人を憎む、世を恨む、己の醜さを並べられ煩悶する。
嗤われて当然だからだ。
誰かの嘘を覗き見る前に、己の嘘を見つめなければならない。
誰かが見ている。
わかっている。
見られている。
彼は、よく知る男の名を呼んだ。
「オロフ、連れて行ってくれ」
「何をアホな事を、こんな夜更けにぃ」
一言で通じる相手は、心底嫌そうに答えた。
「頼む、今だ。誰にも言わずに連れて行ってくれ」
珍しく懇願する姿に、オロフは溜息を吐いた。
「内緒ねぇ、嫌な予感しかしないけど。俺の判断で撤退していいなら了解っす。あと、一筆残してください。自己責任って奴」
「わかった。助かる、すまんな」
この護衛自身は感情制御がよくできていた。
つまりお人好しで付き合いがいい上に、不快な感情を撒き散らさない。
コンスタンツェが護衛を変えない理由は、そこにある。
ただし、そのような評価をされているとは貧乏くじを引きやすいオロフは理解していなかった。
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