第375話 幕間 牢屋にて

 中央神殿といえば、神に仕える者が祈り暮らしている場所だ。

 人々のそうした認識は正しい。

 だが、ここまで巨大な国の宗教となれば、それは政治や経済、軍事力とも繋がる謂わば小さな国だ。

 大国の中の小さな国である。

 内部には独自の規律を守る治安組織もあり、神殿運営を行う部署もある。

 金勘定を行う部署もあれば、政治や貴族との調整を行う部署もある。

 内部には多数の派閥もあり、それは信仰のありかたの違いであったり、産まれや種族などでも複雑に分かれている。

 そこには普通の人間の暮らしがあり、なんら俗世と変わらぬ問題があった。

 そんな場所ではあるが、比較的統一し組織運営が行われている。

 多数の地方神殿も利益と規律が守られ、神聖教の神官と巫女の信頼は他宗教の追従を許さないほどだ。

 これは神官としての能力が高い者が上に立っている事と、多数の種族、そして貴族からの支援と支持を取り付けている事による。

 ここで言う能力が高い者とは、中央神殿に集められた神官巫女の事であるが、特に今現在の中央神殿の神殿長をさす。

 この頂点に立つ神殿長と呼ばれる男は、疲れ切った表情を常にしているが非常に有能で、ジェレマイアと同じく天才型の人物だ。

 天才的に政治調整とが上手く、公王が抱える問題相談と大陸中のを押し付けられる。

 誇大妄想狂でもなく権力思考もない人物なので、結局、私欲の無い判断と意見を具申する神の使者などと呼ばれている。

 神の使者なんぞと持ち上げられるが、つまり貧乏くじだ。

 もちろん神殿には福を齎しているので、神殿長個人の睡眠時間と神経を削る貧乏くじである。

 そして天才的な能力とやらで、ちょくちょく後ろ暗い公王の相談にも対処し、ついでに扱いに困る品々を押し付けられている。

 これが結構な収入源なのだ。

 古い貴族や古い領地には、因縁の品や遺品などがあるものだ。

 それを葬儀や何かのおりに神官たちが受け取るのだが、そこで扱いに困るような物が本神殿に送られてくる。

 そしてそのような品に限って、後ろ暗い事も多いので、相手は多額の喜捨をしてくるのだ。

 そんな品々、高価で破壊するのも困るような品々を預かる収蔵施設は、本神殿の建物からちょっと離れた場所にある。

 金銀財宝が詰まる金蔵、と言いたい所だが、下手に触ると呪われるので封印している倉庫だ。

 そしてその倉庫まわりには、多数の犬が放し飼いになっている。

 否、犬のような姿の猛獣だ。

 侵入者は喰われる仕様である。

 もちろん、信徒が喰われたら一大事なので、この場所は普通は入れない場所に位置している。

 神殿表からたどり着くには、特別な通路を通らねばならない。

 そしてその倉庫の近くにある番犬どもの獣舎には、人用の地下牢が併設されていた。

 神殿内で罪を犯した者を収容する場所だ。

 神殿は小さな国である。

 そこにいるのは人なので、当然、罪を犯す者もいる。

 しかし、その牢屋に入る者など滅多にいない。

 滅多にいない場所に、今は大人二名が座っていた。


「おっ、生きてるな。

 オロフ、まだ死んでなさそうでなによりだ。

 拷問はしてねぇな?

 やめろよな、カーン。

 お嬢ちゃんが涙目になってたぞ、あんまり怖がらせんなよな」

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