第374話 幕間 怒りの矛先 ⑧

 重量獣種の本能を抑える加工にも限界はある。

 あまり本能を押さえつけても、戦闘行動に影響が出てしまうからだ。

 あくまでも、協調性を邪魔する尖った部分を丸くしている。

 なので生きるに不都合が無い程度の、加工である。

 だが、生半に解けるというものではない。

 外科的施術と薬物で行った洗脳だ。

 それを上回る、干渉。

 呪術による誓約。

 自分ならば同様の事ができるだろうか?

 グリモアの記録、王国建国時に残された偉業を知るに、ジェレマイアは考える。

 今、自分が持っている能力は、謂わば呪術の毒を抜き影響力を薄めた力だ。

 神官、神から僅かに得られる力を持つ者。

 その力は、見る、聞く、そしてだ。

 邪魔をするだけで、対象に働きかけるのは現実的な部分のみだ。

 何故なら、個人の能力が材料だ。

 信仰心と個人の能力によって与えられる影響。

 つまり、最大でも国家政治への干渉であり、人間を変質させる事はできない。

 まして洗脳を上書きし、眼球を作り出すとなれば、神の御業である。

 魔の神の、だが。

 他者を支配し現実の事象に影響を及ぼし、この世界、物理的な空間や事象に手を伸ばす。

 そのような力は無い。

 まぁ必要もないのだが。

 呪術とは、神官の神術の実践型ともいえる。

 同じ雛形、原型をしているが、方法論がそもそも違う。

 勘違いしてしまいそうになるが、燃える物がなければ火は灯らず、空気がなければ現象は続かない。

 呪術とは、大量の燃料で指先ほどの炎を燃やす。

 その犠牲を厭わなければ、この世界の根幹にも影響を及ぼせるのだ。

 今回は、何を犠牲に行ったのか?

 犠牲ではなく、神の意向、グリモアの悪意ならばわかる。

 呪術はあくまでも方法手段であり、グリモアは神の賽なのだ。

 踊るは人の運命のみ。

 そう、今回はウルリヒ・カーンだ。

 コンスタンツェではない。


「まぁうん、話はわかった。

 請求書もちゃんと坊っちゃんに渡すし、この後、神殿会議だ。

 ゴート商会の商会長には、連絡はいってるだろう。

 中央軍の方は、バルドルバ卿と話し合ってからだな。

 たぶん、結論は賠償金を山にして終わるだろう。

 俺の独断だが、当分は巫女クリシィとお嬢さんは一緒に行動だ。

 心配するなとは言わんが、悪いようにはしない。

 ともかく、体を労ってくれよ。

 寝る場所は、どうすっかなぁ。この壊れ具合じゃぁ落ち着かねぇだろ」


 辛うじて今まで使っていた居室は、原型が残っている。

 倒壊は免れているが、心安らぐ状態に程遠い。

 まして防犯の為にと、中央軍のむさ苦しい男が時々闊歩している。

 どうやら、カーンの指示で未だに中央軍からの警備がいるようだ。

 それもこの有様では仕方がない。


「一時的に貴族棟の一部を、巫女の寝所にと譲っていただきました。」

「そりゃそうか、行儀見習いの貴族は一時帰宅だよな」

「これで殿下の名も地に落ちました。まったく自分で自分の首を締める行いを」

「落ちる名声がねぇよ。箔がついたぐらいだろう。

 いや、怒るなって。

 さて、馬鹿どもに一度会ってくるよ。ほら、お嬢さんは泣かない。

 後で何か差し入れるから。都の美味いもの食ってねぇだろ?

 最近ハマってる、甘いのあるんだよ。

 卵の菓子でな、ちょっと蜂蜜がはいってんだよ。

 献上品のひとつでなぁ、あれ、公王御用達とか言ってたなぁ」


 涙目の娘に笑いかけると、ジェレマイアは呪われたの元へと向かった。

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