第861話 モルソバーンにて 其の四 ②

 グリモアに宿る者達が、私を飲み込む。


 血。

 降り注ぐ血。

 ワタシは。


 視界が再び組み変わる。


 古の言葉が綴る調和の世界。

 ワタシの

 私の世界。


 美しき言葉が造る、すべて。


 命の配列。

 魂の形。


 見える。

 視える。

 ミエル


 血。

 呻く声。

 闇夜。

 揺れる蝋燭の光り。

 ワタシ

 私は


 美しい配列

 命の言葉

 美しい紋様


 カーンの形をした紋様が、異形の汚らしい文字を斬り飛ばす。

 喰われかけた二人の言葉は欠落を示すが、吹き散った異形の文字は消え落ちた。


 この世のすべては神の手の中


 すべてが美しき配列を示し、紋様は輝く。

 命

 美しい輝き

 調和

 配列


「オリヴィアっ下がれ!」


 カーンがザムの喉を押さえた。

 

 血は喉から溢れ、血泡が口から流れ落ちる。

 ザムはカーンの手を借りながら、体を大きくしていく。

 擬態を解き、最後は自分で切り裂かれた喉を押さえた。

 一方イグナシオは唸り声をあげ、同じく擬態を解きながら身を攀じり異形を振り払う。


 ワタシ

 ワタシの肩にも、異形は牙をたてる。

 肩を食いちぎり、この世からワタシを削り取ろうとした。


 フシギね。

 フシギ

 だって、ワタシを食べられると思うなんて

 とても図々しい上に、愚かでしょう?

 ふふっ、ふふふっ


 神の皿に乗る供物に手を伸ばすなんて

 なんて強欲で罪深いのでしょう

 ふふっふふふっ


 神の皿からは盗めない。

 盗人の手指がちぎれて消えるのだ。


 ここは我らが領域である。

 完全なる理の世界だ。

 愚か者どもめ

 踊らされた裏切り者

 神を裏切る背信者


 ほら、見えるだろう?

 糸の先にはナニがある?

 人の醜い姿が見える。


 ほら、見つけたぞ

 ミツケタ!


 知っているか?

 知っているだろう?

 今なら知っているはずだ。


 汚れた力が捉えるのは、お前自身だ。

 後悔を味わせてやろう!

 たっぷりとだ!


 あははっ、あははは


 歯が、牙が肩に突き通る。

 すると身を縛る茨が動いた。

 動き、汚らわしい牙は滑り、異形は動きを止めた。


『ここは、私の世界

 私の、皆の完全なる世界』


「油薬をまけ!」

「ダメだっ、ムスメまで、ヤケル。

 クソっ、オレには、ミエない、ミエないんだっカーン!」


 迫る顎に、手を伸ばす。


『我らの遊びに加わるか?』


(我らが神の遊戯にて

 命すべてに神が記す

 繋がり調和を示すのだ)


『私は罪人である。

 未来永劫の、罪人だ。

 共に罪人となるために、我等が遊戯に加えてやろう』


 小さな歯車を組み替える。

 人の世を、予期せぬ道へと進ませる。

 これが扉となるだろう。


『どうか、どうか。

 人の道が途絶えぬように

 どうか、どうか。

 彼等が生き残れますように。

 どうか、どうか。

 皆を救いお守りください』














「壁を背にしろ!」


 言われたザムが、私を掴む。

 受付の壁にそうして張り付いた。


「どう..なってる?」


 遅れてイグナシオも壁にたどり着いた。


「お前らの周り、1パッスちょっと先にだ。

 ともかく剣を立てていろ」


「ヤリ..クソっケンよりヤリが..焼く」


 獣化の所為か、イグナシオが良く回らない口調で呻く。


「ダメっす、加工材の粉末が工房にあるはずです。

 軽く..この辺りが吹っ飛び..ます」


 やっと喋れるようになったザムが、それに応えた。


「いいんじゃないか?」


 異形を威嚇しながら、ゆっくりとカーンが下がると笑った。


「爆破、いいねぇ。

 オリヴィア、しっかりしろ。

 もう少し、もう少し横に行け」


 私の手には、喰い付いてきた異形の頭がある。

 それはカーンに斬り飛ばされ、醜い舌をたらしていた。

 生々しい姿だが、彼等には見えていない。


「モッテイルのか?」


 イグナシオの問いに頷き、私は彼の手に手を伸ばす。


 不思議そうな顔。

 毛並みは普段の毛髪よりも、濃い色合いだ。


「ドウした、喰い付かれたバショ、イタイのか」


 ありがとうと思いながら、私は手を伸ばす。

 そっと魂に手を...

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