第640話 神の目 ④

「贋作ね、彼の兄弟が許さないと思うが」

「そうかもしれないけれど。

 もし、目に余るような事になっていたら、貴方から働きかけてほしいの。」

「既に多くの支持者がいるだろう」

「覚えておいてくれるだけでいいの。忘れないでね」

「わかったよ。

 君の言う事は何でも聞くよ。

 でも、今日はもう森には行きたくない。」

「あら、我儘なのはテトと同じね」

「同じになりたいものだ。ずっと君の側にいたいんだ」

「やっぱりそっくりね」


 そっと抱き寄せる貴方の肩越しに、夏の空が見える。

 青く、高く、貴方の瞳の色と同じ。

 貴方を残していくのが怖い。

 心配で悲しい。

 私を忘れないで。

 寂しい。

 でも、貴方が生きているのなら、怖くないって思えるの。

 忘れないで。

 忘れても、幸せを掴んで。

 私がいなくなっても。

 生きていて欲しいの。

 私のほうが我儘ね。

 寂しいから一緒にいてほしいけど、生きていてほしいの。

 貴方が生きている限り、私も怖くない。

 不思議、貴方がお爺ちゃんになって、生きるのが楽しかったって思ってくれたら、きっと、怖くない。


 訪れる夏に、空を見上げる貴方。

 それが私の救い。


 ***


 夏の空は消え、暗い窓辺に彼は立つ。


「私が殺した。

 私の命を、自分で殺した。」


 夏の輝きは消え、そこにあるのは虚ろな瞳だ。


「次に捧げるのは、私にしてくれ。もう、疲れた」

「閣下、公王陛下からの提案に署名を、オンタリオを直轄地にし新たな儀式地にせよとの事です。

 やはり誓約地の殆どが破壊され、杭は失われているようです。」


 左利きの男は硬い表情をしたまま、手に持った書類に目を落とす。


「何故、私を殺さない。憎いだろうに」

「..貴方の惰弱さなど理解したくない。

 その弱さを我が君に背負わせる気ですか?」


 彼は、手に持った書類を引き絞る。


「いつ許される。私はいつ死を許されるのだ?」

「何を情けないことを。

 生きてもらわねばならぬ、それが我が君の望みだ。

 貴方は生きねばならぬのです。」

「何を望むというのだ。

 まっとうな弔いもできず、家族の元へも返せなかった。

 まして報復さえも禁じられたのだ!」

「戦を禁じられただけでしょう。

 経済封鎖は既に効果をあげています」

「ぬるい」

「我々へと表立って戦を仕掛ける余裕は無いでしょう。

 相手方は滅びる定め。

 きっと向こうから仕掛けてくるはずです」

「待つ必要があるのか?

 すべてを灰にしてしまえばよいのだ。」

、それをが望んでいると本気で思っているのですか?

 姫の望みを聞いたでしょう」

「嫌だ」

「何が嫌だと言うんだ!

 貴方だけが悲しいと思うな」


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る