第188話 中原の魔物 (下)②

 馬狩りを数度行うも、おす馬は囲い込めなかった。

 そして領主が喜ぶような統率者の馬も手には勿論はいらない。

 そんな事が続いた後の事。


 領主は家臣に対して、意味もなく怒りだしたんだ。

 家臣からの苦言も受け付けなくなって、身分の低い者や女子供に暴力をふるいだしたんだ。

 何が原因かわからないけれど、今までそんな粗暴な性格じゃなかった。それがどんどん乱暴で手に負えなくなっていく。

 いさめる妻子は反逆罪を疑い牢に幽閉。

 忠言を吐く者は裏切り者だと処刑した。

 家族や家臣、友人、氏族、すべてが敵で囲まれているかのような態度だ。

 全てを憎んで罵倒し、見えない敵に暴れまわる。そして領主の回りにいるのは、遠巻きにする兵士ばかりになった。

 それでも安心できないのか、常に武器を振り回し、誰も近寄る事もできない。

 そんな領主の混乱と同じく、領民にもおかしな出来事がおき始めた。

 女子供ばかり、衰弱して動けなくなったのだ。

 病の原因はわからない。

 おかげでトゥーラアモンは活気を失い、それは領主が死ぬまで続いた。

 死ぬまで。

 領主の死、それは落馬だった。

 馬狩りの囲いを見に行った領主は、自分の馬から落ちてあっけなく死んだ。


 呪いだ。と、領民は考えた。

 彼らは領主が死ぬと、囲いの馬達を放した。

 領主の兵士は止めなかった。

 立場のある者は止めなかった。

 馬を欲しがる者はいなかったから。

 狂った領主が、家族や氏族を手にかけていたから。

 残った氏族も病に臥し、主だった家臣も残っていなかった。

 領主の死は結末に過ぎず、領民をまとめる者は既に滅んでいたのだ。

 そして捕らえていた馬を放すと徐々に人々の病は癒えた。


「この昔話から、何処からともなく入り込む流行病を青馬。

 血縁同士の不仲、骨肉の争いを青馬の呪いと言う。

 侯爵様が、呪われたと言うのも、この昔話の所為だ。」

「嫡子の騎乗していた黒馬が噂を助長したのでしょう」


 ラースが付け加えた。

 だが、嫡子は喉を掻き斬られたのであって、呪いではない。


「犯人の目星は?」


 サーレルの問いにラースは頭を振った。


「証拠は何もありません。

 凶器も見つからず、目撃者もいない。

 乗馬は毎日の日課でした。

 供駆けは二名から三名。その日は二名付き従っていました。

 未だに、彼らも行方が知れません。」

「その二名は」

「二人は私と同じ侯の私兵で、調べましたが何も出ない。

 嫡子と共に殺害されたと考えています。」



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