第265話 反魂 ④

「あの塊をどうやって使ったのですか、これには具体的な使用方法はなかった。それにあれは毒を持っています」

「シュランゲで造られた品々を扱う時には、同じ金属の手袋を使うのだ。

 内張りも村で造らせた物だ。

 運ぶときも専用の物があるのだ。

 あの塊、玉に触れるのは初めてであるが、扱いは同じだと考えた。

 ここまで運び、イエレミアスのそばに置いた。」

「それだけですか?」

「それだけで、塊は溶けるとイエレミアスの体に染み入り消えた。」


 遺体を覗き込む。

 最初に捧げられた命。

 祭祀の長も殺された。

 あの井戸の中に、シュランゲの婆様の遺体はあったのだろうか?


(壊れた大きな家があったろう?

 その地下で死んでいる。

 最初に、あの女は婆の薬をすり替えた。

 痺れ薬をね。

 動けなくなり、報復が始まる。

 きっと死ぬまでに時間がかかっただろう。

 その時、きっと考えただろうね。

 村の終わり。

 報復の結末。

 井戸で最後を迎えるであろう覡のことを。

 愚かな女、娘と考えていた女の事も。

 さて、せっかくだから聞いてみようよ。

 答えるはずなんだ。

 玉をつかった侯爵が問えば、必ずね。

 ほら、手を彼に置くんだ。

 君が探す子供の為だ。)


 恐る恐る、嫡子の胸に手を置く。

 すると、冷え切った体に力がこもる。


(確かに、神威宿る玉は亡骸にあるね。)


 書類を漁る侯爵と羊皮紙に目を落とすサーレルは、気がついていない。


「うむ、これであろうか?」


 抜け落ちた数枚分の綴と羊皮紙が取り出された。


「何と書かれています?」

「蘇らすこと叶わず。

 いずれ力は消え、答えも虚しく土に還る。

 賢き者は使うべからず。

 これ祟り神の血肉なり。約定無く力を望めば祟りあり。

 ふふっ、ふふっ。」


 侯爵は読み終えると、笑いながら顔を覆った。


「確かに祟っていますね」


 相変わらず身も蓋もない言い草に、侯爵は笑い呻きながら呟いた。


「我の血肉で贖おう」


 問題はそこではない。

 後悔に顔を覆う侯爵には悪いが、こちらのほうが嫌気がさしている。


「死んで償う前にお願いしたい事があります」

「何であるか?」

「エリが何処に居るか、今一度、神の血肉と同じモノに問いかけてください」

「イエレミアスにか?

 答えぬぞ、我は幾度も問いかけた」


『子供一人、守ることもできぬ無能でもできる事だ。

 儂らの声が聞こえるか?

 元より神の手から物を盗んで、祟られぬと思うとったか愚か者め。

 うぬが一人死んだ所で、何の助けになるものか。

 さぁ慈悲をかける者がおるうちに、無能でもできることをするのだ!』


 侯爵は顔から手をおろした。

 ぎょっとした表情で私を見る。

 私も突然の怒声に、あたりを見回した。

 サーレルはそんな私と侯爵を不思議そうに見ている。

 彼は聞こえていない。


「先代の、父の声ぞ」


 ヒソ、と侯爵が私に囁く。

 そうして彼は息子の亡骸に近寄った。



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