第131話 手痕 ③

 示された場所は、巨石が途切れる終りの部分だ。

 皆で馬を寄せる。

 そこからの景色に、不安を覚えた。

 怖い、と又思った。

 人がつくったものなのか?

 理由があったとしても、これをつくる意味は?

 自然の岩を加工したのか?

 これを辺境の石工いしくがつくる?

 石工より彫刻師か。

 それとも何か建造物の一部なのか。

 私の浅い知識では、目の前の事が説明ができない。

 いや、なぜ説明しようとしているんだ。

 わからない事が怖いからか。

 そもそも山奥に作る意味って何だ?

 御神体とカーンが言ったが、それなのか?

 それに岩そのモノの形が怖い。

 蛇。

 蛇の胴体だよな?

 頭と尾が地中に潜る巨大な生き物の胴体の彫刻?

 ちるもこけむすもしていない。

 白い蛇体の岩壁だ。

 頭も尾も土の中、うろこが本物みたいだ。

 鱗や尾と考えて再び身震いする。

 本物だったら、人など丸呑みだ。

 岩で良かった。

 けれどよくない。

 あの廃村の信仰だとしたら、何を祀っているんだ。


 しみじみと見る。

 見てまばたきをしたら、目が変になった。

 白っぽい岩が赤く見える。

 どんよりと、視界が赤黒い霧に覆われた。

 目を擦る。

 他の者を見る。

 彼らは赤黒い霧に驚いていない。

 岩を見る。

 赤黒い色が増えていく。

 霧、じゃない。

 浮塵子うんかのようにうごめいている。

 羽音はせず、何か小さな呟きが聞こえた。


「どっちが尾なんだろうな」

「さぁ、ですが妙ですね。こんな場所に」

「微妙に汚れてねぇのがなぁ」


 カーン達は岩を見ながら会話をしている。

 何も見えていないのか、聞こえてもいないのか。


 見えるわけないよ。

 だってが見えるのは、じゃないか。


 まって、まってくれ。

 まさか、違うよね。


 息が詰まる。

 赤い小さなヒトガタだ。

 岩に纏わりついている。

 見て遅れて理解する。

 不意をつかれて、私は手綱を絞った。

 驚いた馬がいななき、足並みが乱れる。

 無意識に馬の首筋に手を当てて宥める。

 そして動揺する私に、素早く頭の中で忠告の言葉が


 赤い色、黒褐色の血の色は、危険だ。

 禍事を招く、憎悪の色だ。

 見たことがあるよね。

 死霊術師が使う呪いの色さ。


「カーン、離れたほうがいい」


 敬称を忘れ、声が上ずる。

 その失敗より、視界いっぱいに増える色にあせる。


 見えないはず。

 外では、見えないはずだろ!

 あれは宮の中の事、これは、これは?


「オリヴィア、何が拙い?」

「先に進みましょう、ここにいては駄目だ」


 それでも彼らは、馬を道に戻した。

 振り返って岩が見えなくなるまで、馬を進める。

 囁きは消えた。

 忠告も聞こえない。

 どうして、見えるんだ。

 どうして、外でも聞こえるんだよ。


「落ち着け、半泣きになるような事があるのか?」


 私が平静を取り戻すのを見て、声がかけられる。


「あの岩だが、俺も妙な感じはしていた。あれは何だったんだ?」


 言葉にすると幼稚な気がして、私はわからない。とだけ答えた。

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