第130話 手痕 ②

 カーンは、肯定するように頷いた。

 馬までが賛同するように、静かにしている。

 しかし、これ以上の寄り道は少しまずい。

 できれば後二三日で北領を抜けたい。

 と、言われてしまえば、もう私は何も言えなかった。

 一人で戻る事も現実的ではない。

 彼らに同行させてもらっているのは、私の方だ。

 快適で安全なのは、完全武装の彼らと共にあるからだ。

 何よりも、今、一人になる勇気が私にはなかった。

 まったくの他人の彼らを頼るほどに。

 あれも怖い、これも怖い。

 生きている限り、怖いことは尽きない。

 だが、馬鹿にすること無く、静かに諭され促されれば、少し落ち着く。

 そうして進めば、道に沿うように、ソレが姿をあらわす。

 鱗模様だ。

 陰りのある白いつるりとした岩肌に、びっしりと鱗模様がある。

 湿った空気のせいなのか、地面に行くほど表面が濡れて灰色になっていた。

 それでも暗い景色の中で、ほんのりと発光しているようにも見える。

 側で見れば、鱗模様は精緻だが、岩の密度が低く軽石のように細かな隙間もあった。

 異様である。

 構造物かと思ったが、どうやら大岩に彫刻が施されているようだ。

 苔むす事無く木々に埋もれることもなく、ただある。

 おかしなことは他にもあった。


「ありゃぁ何だと思う?」


 カーンが顎をしゃくった。

 私は見間違いかと思い、目を凝らす。

 目は良い方だが、それでも確認の為に道から逸れて岩に近寄った。

 岩の下側、地面との継ぎ目の土が、最近掘り起こされたかのように少し盛り上がっている。

 まるで大岩が落ちてきて、地面を抉ったかのような具合だ。

 低木と雑草を轢き潰したような、そんなあとに見える。

 もちろん、そんな訳がない。

 そしてカーンが言ったのは、それではない。

 岩と地面の継ぎ目に、痕があるのだ。

 ちょうど地の底、土の中から手を伸ばし触ったような痕。

 土の手痕が無数にある。

 薄灰色の岩の腹に、茶色の手痕が線をひく。

 まるで地面に人が飲まれ、岩にすり潰されたように見えた。


「そういう風習ってのがあんのか?泥で御神体を汚すとかよ」


 呑気な声音に、緊張が緩む。

 そんな奇習は無い。

 呆れて睨み返すと、先を行く一人が振り返った。


「カーン、面白いぞ」


 黒髪の冷たい表情の男が顎で示す。

 ちなみに、私は彼らの名前を未だ聞いていない。

 彼らがどのような身分なのかも、聞いていない。

 顔だってあまり見ないようにしている。

 大きな宿場についたら、そこでお別れだからだ。

 私が覚えているべきは、カーンという人が生きて去る事だけなのだ。

 人物の区別は、不便だがしなくていいのだ。

 そもそも彼らのような生粋の獣人族を見たのが初めてだ。

 表情だってよく読めているか疑問だ。

 と、よそ事を考えながら、私もカーンに続く。

 黒髪の男が示した場所は、灰色の巨石の終わりだった。

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