第799話 挿話 黄昏まで遊ぼう ⑨

 その程度の危機であるとも言える。

 今の状況は、管理可能であると判断された。

 綱紀粛正し罪人を許すための場にと与えられる程度の話、と。

 表向きは、だ。

 甘い見通しである。

 信じるのは勝手だ。


 カーザ達は見捨てられた。


 本人達は認めないだろう。

 そうした情報も今は出回っていない。

 だが、スヴェンは彼らが終わったと思う。

 公王の義弟を殺しかけた原因を作ったからではない。

 ここに留めるとのお達しがあったからだ。


 誰かの思惑。

 誰かの罠。


 誰か、としたが、スヴェンの頭にも数人の顔が思い浮かぶ。

 何れも支配者であり、悪辣。

 そして善も施せば、残虐非道も為せる者共だ。


 少なくとも、スヴェンならば彼らの都合の良い慈悲にすがる事はしないだろう。

 イカサマありきの賭博に全財産を投げ捨てるほど、破滅願望は無い。


 ここで上手く立ち回れたら、生かしてやろう。


 東マレイラは、王国として失ってはならない場所のひとつだ。

 その要所に弱い場所を作る意味は何だ?

 本来ならば全力でこの東の治安を回復するべきなのだ。

 政治的な問題か?


 違うだろう。

 何かあるのだ。


 カーザ達、敗残者を残す意味。

 見捨てた者を置く意味。

 それはここで彼らが失われても、損失が少ないからだ。


 損失、する前提なのだ。


 深く暗い想像が浮かぶ。

 スヴェンは、無人の街並みを見回す。


 炎、煙。


 眺めながら、南領を焼いた日々が思い起こされる。

 死にたくないと訴える者達を集め、苦痛が少ないようにと殺しながら焼く。

 毎日、毎日だ。

 夜も昼も無く、殺す。

 男を、女を、年寄りを、子供を。

 無辜の民を、殺し、焼く。


 鼻からは人の焼く臭いが離れず、体からは腐臭と血の臭いが消えない。


 あの日々から、スヴェンは悟った。

 己の苦しみも悲しみも、恨み辛みも、小さな事だった。

 生きている限り、そうした辛い事は尽きないだろう。

 そして生きているのだからこそ、美しいことや喜び、普通の生活が尊く得難いのだと。


 故に、己を苛んだ相手はと決めた。


 そこは寛容さを広める善き信徒になるのが道理か?

 違う。

 それはイグナシオの領分だ。

 あれでいてあの男は寛容だ。

 大凡の無礼は神が絡まなければ許す。


 だが、スヴェンは違う。

 間違いを許した。

 小さな過ちを許した結果が、大勢の命を奪ったのだ。

 もともと尊大な考えばかりを広める東の者どもを、徹底的に叩き潰すべきだったのだ。

 人族を下に見ながら、同じように種族や階級を言い訳に、差別搾取をするのが当たり前という事を広める蛆虫どもの考えを徹底的に潰しておかなかったのは過失だった。

 その尻拭いをせずに逃げた者の罪が、ここまで追ってきたのだ。

 そう、この城塞まで追ってきたのだ。


 あの蛆虫共と同じである。

 異端審問、神の威をかる蛆虫どもだ。


 スヴェンは蛆虫は殺すと決めている。

 卑怯な手であろうと、仲間を騙そうと、蛆虫は殺す。

 殺せぬ身分や相手なら、正論で叩き潰すと決めている。


 蛆虫は大概、大嘘つきの卑怯者だからだ。


 幼い頃に売り払われた先でも、蛆虫共は卑怯であった。

 身寄りの無い子供には体罰が必要であり、自分たちを脅かす能力があるなら、尚更殴って潰す。

 体罰と罵倒こそが、考え違いの愚かな蛆共の正しい教えだった。

 知能を高める手段は許されず、正論は殴って終わりだ。

 神殿とはスヴェンにとっては闘犬の犬舎だった。

 その辺の路地に転がる飲んだくれの男のような理屈がまかり通った犬小屋なのだ。

 今は違う?


 それは外側の包だけだ。

 蛆虫共はまだいる。

 あれは見つけたらべきなのだ。


 今の神殿長がまっとうだから忘れがちだが、そのような蛆虫が異端審問官という奴らだ。

 そしてこうした蛆虫はどのような場所にも身分や名を変えて繁殖するのだ。

 それがオービスの父親であり、反乱元の東の貴族であり、その片棒を担いでいたのに、口を拭って逃げ出したラ・カルドゥの腐れ共なのだ。


 死肉漁りは殺さねばならぬ。


 そうして己が過去を受け入れると同時に、理不尽を許してはならないと悟った。

 寛容であることと、理不尽を許すことは同じではない。

 理不尽は許してはならない。

 独りよがりだと非難されようとも、己は怒りを手放すことはないだろう。


 スヴェンは神を信じたかったが、信仰心は潰えようとしていた。

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