第169話 真偽の箱 ⑥

 それは正方形の小さな箱である。

 面は鏡か辺りの景色をうつしていた。

 奇妙な事に、それを見て既視感を覚える。

 何だ?

 こんな箱など見たことが、無いぞ?

 箱の正面に穴がある。

 鍵穴のようだが、箱そのものには継ぎ目がない。

 その穴に、金属の棒が差し入れられる。

 すると小箱の表面がざわりざわりと蠢いた。


 ナリス?


 硬い表面にさざなみが起き、静まり返った中で、箱は生き物のように脈動した。

 すると差し込まれた手形が、カタカタと勝手に震えて表面が割れる。

 割れて巻物が開くように組み上がる。

 それと共に、音をたてて軸が回転した。

 やがてカチリと音がして、手形は動きを止める。

 ぬるりと箱の上部が割開き、兵士が覗き込んだ。


 詳細は見えない。

 だが、その仕掛けと技術は、見たこともないものだった。

 まるで、ナリスのように。


 覗き込んでいた兵士が、まわりに何事かを囁く。

 そして手形を引き抜くと、再び軸が回り小さな金属の棒に戻る。

 真偽の箱も再び蠢くと、何事もなかったかのように閉じた。

 手形を改めた兵士達が並び、礼の形を取ると口上を述べる。


 いにしえの都跡、トゥーラアモンへの御来訪、我ら一同歓迎いたします。


 結構とばかりに、サーレルは頷くと手形を懐に戻した。


「本日の往来はここまでとする。いりに関しては続けるが、これ以上の他村他領への移動の許可は出さぬ。良いな」


 と、居並ぶ街を出ようとする列に兵士が怒鳴る。

 不満を言おうとしてから軍馬の主を見上げて、恐れるように皆黙った。


「口実に使われてしまいましたね。でも、まぁこれで領兵らの心象もよくなるでしょう」


 それは無いだろうと思ったが、私も黙った。

 既視感の正体はナリスだ。

 あの箱は何だ?

 智者の鏡は神器、と言っていたか?

 神器、王国の技術?

 でも、ナリスは


(知りたい?)


 知りたくない。


(知識があれば、恐れが減るよ)


 怖い事は減らない。

 本当か嘘かもわからない。


 神器といいながら、呪物。

 王国の技術としながら、これは人の技術ではない?

 うっすらと、信じていた事がまたも崩れていく。


(技術を囲い込み、支配の道具にしているのさ)


 聞きたくない。


「もう少しすれば、ここの責任者が来るでしょう。

 その間、我々はゆっくりと街を見てあるきましょうか」


 門を越え、再び馬に乗ると先に進む。

 兵士は追従しようとしたが、サーレルは拒否した。

 どうせ行き先はトゥーラアモンの役場だ。

 責任者が来る。

 当然であろう。

 私達も再び騎乗するとサーレルに続いた。

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