第170話 紋章

「噂話では色々聞きましたが、今のところどれも噂の範疇ですね」

「噂、ですか」

「噂ですね。

 貴方が聞いた青馬なら、近隣の領地への移動も止まりますが、入る者も止められますからね」

「本当だったら、立ち寄りたくありません」

「そうですね。街の中心を見てそのまま戻ります。」

「それはありがたいのですが、先に街の方に聞いてみましょうか」

「よしなさい」


 すかさず止められ、サーレルを伺う。


「ここでは口を閉じていましょうね。

 私が最初に出方を見ます。

 獣人は、貴方方よりも強くできています。

 貴方方二人を連れて、心配がなくなるまで野宿してもかまいません。

 何がおきても、怪我や病気になっても、私なら薬を作る事もできます。

 私の専門ですからね」

「専門、お医者様はエンリケ様ではないのですか?」

「彼は人体の研究者ですね、私は薬の専門家です。

 因みに、様などつけなくてもいいですよ。

 我々、カーン以外は、碌でもない出ですから」

「旦那方を呼び捨てにはできません。」

「ではカーンと同じく、その旦那でいいですよ。

 北の言葉で、旦那は成人男性の殆どを指す軽めの敬称でしたね。」

「大方の目上の方々に通じますから、爵位や敬称を間違えるよりはいいって習いました。

 で、旦那は、薬師様なのですか?」

「人体に影響を及ぼす薬を専門に、最近、注目しているのは茸の薬効ですね」


 質問は止そう。

 嫌な話になりそうだ。


「それにね、簡単な話ではないと思うのですよ。」

「..お調べに?」

「いえいえ、警戒しなくとも大丈夫ですよ。

 意地悪な言い方でしたね。

 そうですね、貴方が領民なら、保護の手を差し伸べてくれるだろう侯爵から逃げますか?

 病や何か問題が起きた時、助けてくれるだろう人の側から逃げますか?

 この街を見る限り、侯爵の治は大変よいと見ますが。」


 そうか。

 確かにそうだ。


 出の列に並んでいた人々は、馬をよけ端を歩く。

 不必要に私達を避けるので、この会話は聞こえていないと思う。

 まぁ聞こえてもいいとサーレルは考えていそうだ。


「冬場に領地を抜けようとするなんて、私が領主なら、何か後ろ暗い事のある鼠と判断するでしょう。」


 ギョッとして、前を進む男を見る。

 聞き間違いかと思ったが、男は楽しげな笑いをもらした。

 驚くが、確かにそうだ。


「鼠が最初に逃げ出すんですよ」


 後ろからでは表情が見えない。

 けれど馬鹿にした薄ら笑いを浮かべていそうだ。


「もちろん、船主が船を沈めようとしているなら、話は別ですがね」

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