第763話 それが愛となる日 ⑪

 奥は自分で開ける低い鉄格子が置かれていた。

 それを開いて中に入る。

 金臭いにおい。

 火薬と動物の皮のにおいがする。

 樫の長机に壁は煉瓦。

 その煉瓦の壁には棚と引き出しが据えられている。

 引き出しは天井まであり、武器が見える部分全てにおさまっていた。

 後ろを振り仰ぐと、天井以外の壁にも武器がみっしりと置かれている。

 倒壊したら死ぬ。

 恐ろしげな武器よりも、圧死の予感に怖じけた。

 金物に押しつぶされるか、針山のようになるか。

 どちらにしろ心安らがぬ眺めである。

 カーンや兵隊達には楽しい場所なのかも知れないが。

 その天井には見たこともない巨大な水晶がはめ込まれていた。

 半透明の白い水晶は盛り上がる断面から外の光りを取り込んで、程よく室内を照らしている。

 青白いその光りは、重苦しい雰囲気を和らげていた。

 たぶん、金属や拵えの具合を見定める為に、外の光りを入れているのだろう。

 私が口を開けて辺りを見回すのを他所に、オービスは長机の小さな呼び鈴を鳴らした。

 場所に似合わぬ涼しげな音。

 微かな響きで伝わるのかと思ったが、程なく奥から、不規則なゴトゴトという音がした。

 奥の半円を描く入口から、男がひょいと顔を出す。

 初めて出会う、獣人の先祖返りの御人であった。

 その姿は毛皮に覆われ、美しい栗毛色をしている。

 栗毛には所々赤い毛並みが混じり、波打つように首筋から背中に房毛をたらしていた。

 立襟の渋い柿色の軍服を纏い、身長はそれほど高くない。

 ゴトゴトという音の正体は、片足が義足で、それが床を打つ音だった。


「おぅ相方とは別に来るたぁ珍しいなぁ。

 スヴェンにも言ったが、いつものヤツはあるがぁ例の特注品は時間がかかる。

 後発なんだろ?

 一応、それまでには間に合うよう尻を叩いてるがぁ..おっとすまねぇな話し出しちまってよ。

 可愛らしいお連れさんだねぇ。

 今日はどうしたよ?」


 しゃがれた年配の声だった。

 見た限り、年齢はわからない。

 私は初めて出会った素晴らしい姿に、開けていた口を慌てて閉じた。

 それを見た先祖返りの御人は、白い歯を見せた。

 どうやら、笑ったらしい。


「お嬢ちゃん、こんちわ。

 俺は、ここのヌシでコーだ。

 こんな面だが、怖くねぇからな」


 挨拶を受けて、私も頭を下げた。


「この子は喉を傷めていてな、喋れんのだ。

 儂とスヴェンのはゆっくりで構わん。

 下の騒ぎが落ち着くまでは、移動はせん。

 他の仲間の分を先に仕上げるように、鍛冶師達に伝えてくれ」


 と、南部言葉でオービスが言う。


「リョーカイ」


 それに相手は共通語で返した。


「で、お嬢ちゃんの為のだったよな。

 聞いてたより、しっかりとしてる感じだね。

 おっと、手の事だよ、お嬢ちゃん。

 ちょっと待ってろよ」


 背後の棚のひとつから、コーは箱を取り出した。


「狩猟用ので素材を厳選すると、このあたりだ。

 聞かされてたより指も長そうだ。

 こう、開いて見せてくれ」


 言われて彼が差し出した手と同じように、片手を差し出す。


「うんうん、人族系統(注・亜人も含まれています)としては指が長めだ。

 長命種よりの関節に指の本数、握りは同じぐらいでいいかねぇ。

 たぶん、これとこれか、それにこれだなぁ」


 箱には、様々な短刀が入っていた。

 その中から数本を取り出し、机に並べていく。


「俺のお勧めは、この三本だ。

 握りはそれぞれ、動物の角と皮を利用している。

 金属の芯を使ってはいるが、握りやすさと実用性を考えて素材を合わせてある。

 意匠も貴族向けで凝った作りだ。

 形は何れも歩兵におろしている物と同じだ。

 普段遣いに一番いいだろう」


「握って、みる、といい」


 促されて、その三本を順々に手に取る。

 どれも手に吸い付くような感触で、非常に軽い。


「刃の部分も特殊な合金をそれぞれ利用している。

 切れ味共にお勧めだ。

 解体する時、骨を断っても刃こぼれの心配は無いぞ」


 どれも使った事など無い逸品である事は確かだ。

 露を含むような刀身は冴え渡り、握りは嗜好品としても十分なものである。

 つまり、高級すぎて困る。

 これで兎を解体し薬草の株を掘り起こしてもいいのだろうか?

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