第528話 鏡 ②

 潰えていた道が、湖沼になると復活した。

 道は道らしくなり、障害物も見当たらず、奥の湖まで続いている。

 均された道は、石と杭とで地面や水の上を通る。

 歩いてみれば頑丈な作りで、時の経過にも耐えていた。

 木々は水面から生えている物もあれば、岩を押しのけ生え広がってもいる。

 いずれも背が高く日差しを遮るが、腐る程は密集していない。

 風の流れはあるが、冷たく静かで静謐だ。

 そんな中、先程の場所から離れても、カーンと兵士たちは無言だった。

 表情も硬く、グリモアの言う所の警戒をあげている。

 簡単な道行の雲行きがおかしい。

 だが、考えてみれば、この道行の始まりも不穏である。

 想像外の出来事が連なっていたとしても、必然なのかもしれない。


(さて、君も料理をするだろう。

 だから、食材を見れば、おおよそ何を作ろうとしているかは理解できる。

 知らない食材でもない限り、外れるほどの間違いは選ばない。

 今回も、未熟なグリモアの主だとしても、食材だけはわかるだろう。

 もちろん、簡単な助言をしよう。

 まだ、対価は必要ない程度のお話さ。

 僕って優しいよね、この男より、優しいことを覚えておいてね。

 さて、材料は、少しだけにしよう。

 範囲を広げると、わからなくなるからね。

 君の眼の前には、不思議な事がいっぱいだ。

 腐れ半死の船員たちに、彼らを囲む死者の群れ。

 夢の中では、君は小さな生き物になった。

 聞こえてくるのは、色んな立場の者の言葉で、君にはなんら関わりのない物語だ。

 そしてここに至れば、お喋りする大山猫に、奇妙な墓だ。

 もちろん、本当の墓ではないけれどね。

 それでも君が選ぶ食材は、少しだ。


 墓。

 没日。

 川。


 この三つだね。

 材料がある。

 さて、君の料理帳グリモアにしるされている料理名は何だった?)


 料理名、知識はある。


 順序が逆なのだ。

 動揺を表に出さないように景色を見るふりをする。


(そうだね。

 先に贋の墓だ。

 殉死による祈願で墳墓を作る事はある。

 人を集め、処刑、自死などをさせて、同じ場所に葬る。

 だが、これは違う。

 わかったかい?)


 絵が浮かぶ。

 あまりの恐ろしい想像に、それが伝わらぬようにと力を逆に抜いた。


(墓を模した何かを作る。

 人を集める。

 そして人の一部を、これらに収める。

 没日とあるが、実は没日ではない。

 始めた日付だ。

 まぁ人として終わった日付だから、間違いじゃないね。

 まず、指の一つでもいい。

 体の一部を切り刻んで収める。

 本体が死なない程度に始めるんだ。

 長く長く時間をかけてね。

 死んでしまったら、その死体を塩漬けにして、少しづつ壺に入れて収めるんだ。

 中々に残虐だろう。

 まぁ僕は優しいけれど、何を相手にしているかを知っておくのは損じゃない。

 半端な優しさは、死を招く。

 そして君は、幼子ではない。

 君は臆病者と己を言うが、怖がる事と臆病者は違うのさ。

 目隠ししても怖い事はなくならない。

 愚かに目を塞いでいては、生き残る事もできない。

 君は、こんなことで勝手に死ぬのは許されていないんだよ。

 そうだ。

 君が相手にしているのは、人を喰う熊なのさ。

 一応、付け加えると、この手の洗練されていない術は、半端な魔導を使うだ。

 君が巫女見習いでも、本当の巫女より読み取り神に親しいのとは逆に、彼らは穢れているが半端な塵にすぎない。

 本物の魔導の穢れた者ならば、もっと残酷で美しい仕事ぶりであろう。)


『褒める事か』


(何事も研鑽し突き詰めれば、それは業前としては至高になるのさ)

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