第50話 グリモアの主 ②

 やせ衰え、風土病に蝕まれ、腐肉の山に晒される。

 俺達は、考えない事だけが、救いだった。

 恐ろしい?

 何も感じない。

 食料が尽きれば、手近なモノを喰ったよ。

 水がなければ、手近なモノから呑んだよ。

 何も感じないのに、生きたいとだけ願ってた。

 でも、とうとう俺達は追い詰められた。

 群島の支配勢力が決まった。

 勝者が決まり、取り残された中央の残滓である俺達を一掃するべく集結する。

 敵は、上陸しようとジグの周りに集まった。

 上陸できる入江はひとつだったから、本来はそこで敵を迎え撃つんだが、そんな兵力は残っていなかった。

 歩ける者なんて俺を含めて数人だ。

 それも空腹で役にたたない。

 敵もわかっていたんだろうな。

 ゆっくりしたもんだったよ。

 俺達は何も考えない。

 でも、本当は考えていた。


 死にたくなかった。


 あの晩の出来事は、今でもはっきりと覚えている。

 吹く風や空の星だって覚えてる。

 砦からは、入江が一望できた。

 俺達は、いつ敵が上陸してくるかと砦から見ていた。

 静かだった。

 たくさんの船、散歩気分だろう兵士の持つ灯火。

 彼らは、既に死んだも同然の砦など、落ちたようなものだと思っていた。

 夜明けとともにやってきて、さっさと虫を焼いて終わりと思っていたはずだ。

 俺達も、思っていた。

 あぁ死にたくないと思いながら、ぼんやりと敵の灯火を眺める。

 その時だ。

 歌が聴こえた。

 小声で、旋律だけを繰り返す。

 不自然な曲調で、一音ずれているのか、聞いていると不安になる。

 女の声。

 俺は歌っている奴を探した。

 静かな最後に、歌はいらない。

 だが、俺がまわりに同意を求めても、誰も歌声は聴こえないという。

 それでも砦の中を探していると、歌が男の部屋から聴こえてくるのがわかった。

 指揮官のあの男だ。

 俺は、部屋に入った。

 もう、死ぬんだから、無礼も何もない。ともかく歌を止めたかった。

 男の部屋は冷えていた。

 薄暗い部屋からは、海は見えず島の中央に茂る森が見えた。

 男は、窓辺の椅子に座っていた。

 男は、森を見ながら開いた本を手に置いている。

 男の世界は、静かだった。

 砦の中の地獄が嘘のようだった。

 俺は、歌を止めようとしたのに、動けなかった。

 歌は相変わらず続いている。

 けれど、男は歌っていなかった。

 この部屋の中、男は静かだ。

 だが、歌は耳を塞いでも苦痛になるほどの大きさで続いている。

 絶叫だ。

 俺が立ち尽くしていると、男が顔をあげた。

 青白い顔には、微笑みがあった。

 そして、こう言ったんだ。


(間違いを正そう)


 戸惑う俺を見て、男は本を閉じた。

 すると歌が静まり、自分の吐息だけが聴こえた。


(さぁ還ろうか)


 男はそういうと、森を見た。

 森が揺らいだ。

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