第112話 幕間 微睡み ③

 今回の首刈りの後は、暫く直属隊としての任務はない。

 ここ数年、塵掃除ばかりしてきたので、中央軍本部から注文がついたそうだ。


 長期戦闘従事者の管理規定事項に抵触する。早急に是正を求む。

 簡単に言えば、大型獣人と言えども、長期間の殺戮戦闘に比重を置きすぎており、頭が狂うのを危惧している、だ。

 狂って暴れられると面倒なんで、休暇をとるよう命令しますよ。である。

 手遅れだよな。

 今は解散している第八の元子飼いどもも聞いたら爆笑である。

 そこで停戦中と云うこともあり任務に従事する事になった。

 なのに首刈りである。

 頭が病みそうなら、休暇らしく保養地にでも送り出せばいいものを、仕事をしながら休めという、訳のわからない予定が組まれた。

 もう手遅れとは中央も認めているので、狂人は仕事をさせておいたほうがおとなしいと思われたのかも知れない。

 年明けの第八師団の駐屯地は、東マレイラの海岸地域だ。

 東マレイラの夏は素晴らしいが、冬はいただけない。

 この北部のように雪に閉ざされる事は無いが、カーンの記憶にあるかぎり、冬は雨が降る。

 夏は限りなく暑く晴れ渡るのに、冬は常に雨が降る。

 潮風と氷雨。

 だから、あの場所への巡回があたると、兵士の士気が下がる。

 今回は特に奴等は苦々しく思っているだろう。

 自分達が何故そうなったのか、認めないだろうしな。


 そうしてカーンは今後の予定を追っていた。

 体を動かさずに目を閉じていただけなので、再びの雪が屋根から落ちる音に瞼を開いた。

 皆、寝ている。

 年寄り達も火の番以外は、眠りについていた。

 風も弱まり、三日が過ぎようとしている。

 そろそろ腹もすいてきた。と、食い物を探そうとカーンは起きた。

 すると、奥の暖炉の前で横たわる娘の目があった。

 白身が少ない琥珀色の瞳が、光りを湛えている。

 まるで人形の目だ。

 人形は不気味だ。

 生き物とは違い、焦点があわない。まるで瞳孔が開いた死体に見えるのだ。と、カーンは思った。

 少女の目を見て怖じけているのか、と思い当たると彼は少し可笑しく思った。


「よう、気分はどうだ?」


 近寄って覗き込む。

 すると、娘はゆっくりと瞬きをした。

 まるで獣面のように、瞳の形が変わったように見える。


「お前、目が」


 どもる男に、娘は眉を寄せた。


「どうしました、旦那。」


 落ち着き払った子供の声に、言おうとしていた言葉が逃げた。


「いや、なんだ。腹がな」


 この娘にも少し獣人の血が混じっているのかも知れない。そうでなくても種族特徴を評うのは、無礼である。


「お腹がすいたんですね。私の背嚢がどこかにあれば、燻製肉の残りがあるはずです。食事をつくるまで我慢できますか」


 そう言うと娘がヨロヨロと起き上がる。

 ひもじいと訴えかける己が滑稽だ。

 そう思う事を誤魔化すように、男は娘を押し止める。


「いいから、寝てろ」


 肩に手を添えて押し止めると、やはり目眩でもしたのか、娘は目を閉じた。

 その顔を見ながら、彼は思考がとぎれとぎれになるのを自覚した。

 ぼんやりとする。

 睡魔とは異なる存在の散逸。


(そもそも貴様は抗うこともできぬ塵よ)

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