第86話 さようなら ③

「どうした、坊主。あれが出口か?」


 問われても、わからない。

 手前の広場に目を凝らす。

 敷石のひとつひとつに色がついている。

 どれも碧を含んでいて、正解に見えた。

 でも、そんなやさしいわけないよね。


「先に行きます」

「何いってんだ、化け物が出てきたら喰われるぞ。それに出口なら一緒に行けばいい」


 わからない。

 沈黙するナリス。

 疑う男。


 あれが罠だったら?

 この男の疑念を利用した罠だったら、あれは地獄へ直通だ。

 私が帰す前に押し通れば、望み通りの場所へ運ばれるか、逆戻り。

 望み通り死霊術師と同じ地獄行きが本命で、良くて宮で彷徨い死ぬのがオチか。


 それは駄目だ。

 男が自滅を選んだ後に、門は出口になるだろう。

 私は言葉を探した。

 けれど何を言った所で伝わらない。

 男を言いくるめるだけの器用さなど無いのだ。

 ならば同じことをしようと思った。

 いつか誰かが、したように。


 私は睨んでくる男に笑った。

 笑い首から外すと、男の手にねじ込む。


「騎士様、どうか私の故郷にお慈悲をお願いします。

 どうかどうか、お許しください」


 金属の手袋の指が開く。

 乗せられた小さな鈴が、チリンと鳴る。


「無事に帰れますよ。きっと貴方は帰れます」


 カーンの口が開く。

 子供の事と油断があったのか、手を伸ばす事はなかった。

 だから、それ以上の言葉を交わすのを避け、逃げる。

 広場へ門へ駆け出した。

 逃げ足は早いのだ。

 背後で、男の声を聞いた。

 けれど追いかけては来ない。

 きっと、どうとでもなると思っているのかな。

 全力で走る。

 石畳を踏む度に、様々な色が踊る。

 ただの終着点ではない。

 一歩踏み出すごとに、何かがわきだす。

 色の渦が私を囲む。

 足が石畳を踏む度に、石の門が輝きを増す。

 生き生きと輝き、天にも通じるように光る。

 だが、神々しさとは逆に、無数の泣き声が聞こえた。

 無数の怨嗟の声だ。

 門へと近づくごとに、その苦しい声が大きくなる。

 そして扉に手を置いた。

 私が先に選ぶんだ。

 到底開かないだろう巨大な石の扉は、触れると音もたてずに隙間をあけた。


 思ったとおりの闇が見える。


 私が向かう闇。

 扉が開き、声が消える。

 静かな闇に、彼らは待っていた。

 仮面の異形が頷く。

 どうやら、正解だったらしい。

 よかった。

 爺たちも帰れるかな。

 振り返ると、広場に吹き荒れる色の嵐は、カーンをその場に留めていた。

 逃げ出すように見えるんだろうなぁ。

 私は、凝視する男に手を振った。


 さようなら。


 鈴を渡した死霊術師も粉屋の次男も、思ったのかな。

 さようなら、私のかわりに生きてあがけと。


「供物になるよ。だから、あの男は帰る」


 異形達は頷き、私を囲む。

 こわくない。

 思ったよりも、こわくない。けど、



 ..寂しいなぁ。

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