第151話 靴と飴 ③

「お嬢ちゃんの足なら、紐で調節して十分履けるぞ。どうだ、値ははるが良い品だろう」


 良い品すぎて売れ残っていたようだ。

 子供の靴としては高いのだ。

 だが、エリが刺繍を気に入っているのを見て、私は購入することにした。

 小さな喜びこそが、今、この子供には必要だ。

 物で埋め合わせるつもりはないが、少しでも心の糧になる事を増やしたい。

 全ての支払いを済ませると、さっそくエリに靴を履かせた。

 それまでは、布を紐で結び足を包んでいた。


 あの井戸から引き上げた時、彼女は裸足だったのだ。


 悔しい話だ。

 想像できてしまうから、余計に悔しくて悲しくなる。


 あの井戸は、底の部分が広くなっており水位は低かった。

 大きな井戸は、村で共用の物だろう。

 普通の井戸よりも大きく、人が中に入って掃除ができるようになっていた。

 ただし、内側の部分にあるべき井戸掃除用の足場が無い。

 痕跡から、金属の足場が取り外されたようだ。

 だから、投げ入れられた人たちは、何とか出ようと藻掻いたが、出れなかった。

 それに這い上がれたとしても、あの石の蓋だ。

 そこで叫んでも、あの村に外から人が来るのはめったに無いだろう。

 死ぬまでの間、どれほど苦しんだろうか。

 恨んだろうか。

 悲しんだろうか。

 恐怖に苛まれたのだろうか。

 ただ、中で争う事はなかったようだ。

 エリがいたのは井戸の口に近い浅瀬で、女たちが自らを土台にしてエリを押し上げていたそうだ。

 水に濡れないように、自分たちの死骸であってもいいから、生身で冷気に晒されないように。

 そして、餓死しそうなら自分たちを食ってもいいから、生き延びて欲しいと願った。

 その死体の山の奥には、朽ちた骨。

 先に死んだ年寄り達が、腐り落ちて骨になっていた。

 エリ以外の子供は、出血死か殴られたことで直ぐに死んだようで、これも半ば骨になっていた。

 長く苦しんだ女たちは、腐れ落ちながら何をエリに語ったのか。

 苦しみか。

 痛みか。

 エリを責める言葉でなければよいと思う。

 エリに救いを求める声でなければよい。

 そして誰かへの怨みでなければ。

 井戸には近寄るなと言われたので、これは皆、カーンや男達が警告の意味で教えてくれた話だ。


 エリだけが、無事だった。


 他の子供が痛めつけられ死んだのにだ。

 口がきけないから?

 助けを呼べないから?


 理由はわからないが、カーンはその不可解さと共に、このような臆病で卑怯な輩が、この近辺にいるのだ。

 親しげに話しかけてくる者こそ疑え。

 と、話をしめた。


 生き残ったエリは、これから後、犯人に狙われるのだろうか?

 そもそも犯人が、エリだけを無傷で残したのは偶然なのか?

 どちらにしろ、犯人がのさばっているのだ。エリが無事に暮らせるまでは、側から離れないようにしよう。

 は、何喰わぬ顔で生きているのだ。

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