第186話 死にあらず ⑤

嫡子ちゃくし殿は死に、遺体はちなかった。

 では、何かなさったのですか?」

「いいえ、我らは何も偽る事はしていません。

 これだけは確かです。

 若い遺体故、朽ちるのに時間がかかるのだろうと思っておりました。」

「医師と神官を呼ばれましたか?」

「医師は死を認めました。

 腐敗も崩れもせぬ遺体に、防腐の処理はしておりません。

 ですが朽ちない。

 拝火はいか教の僧侶を呼びました。」

「神殿からは?」

「この地は神聖教分派の拝火教が布教地なのです。

 特に神官様を忌避した訳ではありません。

 僧の方々も葬儀をと簡易ながらも執り行いました。」

「解剖はせず、神官にも見せなかったという事でしょうか」

「侯爵が全てを拒否なさいました。

 朽ちぬのは、神の意志であると。

 腐土新法による火葬も、継嗣けいしから外すことも、すべてを拒みました。」

「そこで氏族の話し合いですか?そこで侯爵殿が倒れたと」

「死後の事は、既に氏族内の合意はできております。

 嫡子の死亡宣言は、侯爵本人の死と同時になるでしょう。」

「難儀な事ですね。城下の騒ぎも聞き及んでの事で?」

「侯爵が倒れた後、他にも病にす者がでました。

 城下の民の動揺は、その所為でしょう」

「病では無いのでしょう?」

「噂を流した輩がいるのです」

「偽装ですか?」

「青馬のだと」

「呪い?青馬が出たとは聞きましたよ。疫病や冬の病の比喩ひゆと伺っておりますよ。呪いとは、また」


 その単語自体が意味をなさないかのように、サーレルは繰り返した。

 日常で使われる事の無い言葉が馬鹿らしく聞こえるのだろう。

 ラースは少し表情を崩した。


「使者殿はどちらのご出身ですか?」

「こんな肌ですが、南領生まれの南育ちですよ。」


 北に多い白い肌をしているが、生粋の獣人種らしい。


「このトゥーラアモンの青馬の呪いは、ご存知ではない?」

「名馬の産地と聞き及んでおります。あとは、青馬とは名馬の事、青馬が出たとは地方の方言で流行病はやりやまいの事だとも。

 ここでの騒ぎは侯爵殿が病の為に出た噂と思いますが?」

「間違いではないですが、正解でも無いのですよ。

 では、青馬の呪いの由来は知ってらっしゃらないのですね。」

「えぇ、まったく」


 すると、エリが腰掛けていた椅子を叩いた。

 男達が見るのを待って、私を指さす。


「知っていますか?」


 私の代わりに、エリが頷いた。

 どうやら、話が途中で終わっていたのを思い出したらしい。

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