第807話 挿話 陽がのぼるまで(上)⑥
喰われる私を母さんが掴んだ。
母さんは、手足に絡んだ根を引きちぎる。
それから唸り声をあげて、化け物に掴みかかった。
「お母さん、やだ」
(ビミン)
母さんは血の海の中にいる。
私の名を呼んで、眼を閉じた。
叫ぶ私を誰かが掴んで走る。
走る途中、それがお祖父ちゃんである事に気がついた。
振り返ろうとする度に、怒鳴られた。
見たら駄目だって。
お祖父ちゃんが、こんなにはっきりとした物言いをするのは久しぶりだ。
いつの間にか、商会の人達とはぐれていた。
建物の影に隠れながら、どうにか城塞の方へと向かう。
でも、街の人たちもオカシクなっていた。
興奮して殴り合いになっていたり、泣きわめいたり。
そんな街の人たちに、化け物みたいになった男達が襲いかかっては食い殺す。
酷い有り様で、炎もあちらこちらで上がっていた。
「夜明けも近い、大丈夫だ。奴らも日中は弱る、弱るはずだ」
火の手の激しい場所を避けて、裏道へと入る。
「まずい、気配を殺して、何があっても声を出しては駄目だ」
裏道の先、商店街へと続く太い道に、誰かがいる。
道の真ん中に、男だろうか。
歌を口遊む姿。
ガクガクと体が縦横に揺れている。
私の目がおかしいのだろうか、その姿は捻れてぶれてよく見えない。
ソレが通り過ぎると、その周りに街の者が頭を抱えて地面に倒れる。
倒れた体は捻れて、皮膚がぼこぼこと膨れて蠢く。
「アレ、父さんの」
お祖父ちゃんが、私の口を押さえた。
押さえて近くの天水桶の影にしゃがむ。
隠れるのと男が振り返るのは同時だった。
見つかった?
鳥のような猿のような鳴き声。
奇妙な男は、振り返り叫んだ。
『嘘つきどぉぉおもぉめぇぇ
くわぁれてぇぇ にぃなぁぁれぇぃ
神ぃがぁおまえぇらぁぉおお 喰ってぇぇくだぁさぁるぅうう
まぁちぃぃいがぁいをぉ
たぁだぁああああしぃてぇくださぁるぅ
こぉのよぉはぁ がぁ だぁ
神ょぉおおおおお のぉお神ょおお』
耳が拾えない音が混じって、言葉の意味がよくわからない。
動物のような鳴き声を立てながら、男は通りをそのまま横切り去っていった。
向かう先からは、耳を塞ぎたくなるような絶叫が聞こえた。
喋ろうとすると、お祖父ちゃんは駄目だと首を振った。
奇妙な男は消えた。
けれど地面に転がり苦しんでいた人達の様子がおかしくなっていく。
苦しげに自身の体や喉を掻き毟っている。
一番近く、男の人の首が蠢いていた。
内側、皮膚の下がもぞもぞと蠢き、鎖骨のすぐ上のところで瘤のように膨れ上がる。
それは喉や首筋を移動して、見る間に大きくなった。
大きくなり、皮膚が裂け血が滴る。
眼。
飛び出してきた。
ぬるりとそれは茎と根を広げ、這い出してくる。
人の体の内側から、奇妙な赤黒い根が広がる。
赤い血と肉を吸い上げて、それは見る間に肉の塊、子犬ほどの蛹になった。
肉の蛹を見ていると、通りのそここに、あの凶暴で奇妙な男達が現れた。
お祖父ちゃんは私を背に隠すと息を殺す。
私は眼を閉じた。
あぁみつかりませんように。
これ以上は耐えられない。
私から取り上げないで。
また、一人になりたくない。
一人だけ、生き残りたくない。
お祖父ちゃんだけでも、助けて。
最後にひとりぼっちになるのは、嫌。
死ぬのなら痛くありませんように。
お願い。
お願い。
お父さん、お母さん。
奇妙な男達は、肉の蛹に喰らいつく。
食べて食べて、死んだ街の人達が干からびていく。
蛹は喰われたが、茎は生え伸び、血の霧が広がる。
夜明けが近いのに、辺りはどんどんと濁っていった。
血の霧が漂い、視界が塞がれ悪臭が満ちた。
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