第600話 群青色の朝 ②

 喉を傷めて喋れないと身振りしただけ。

 それも大した事ではないと伝えた。


『いずれ知れるだろうに、馬鹿だね』


 そうかな。

 後から怪我が悪化して喋れなくなった。で、いいんじゃない?


『命乞いに差し出したとわからないと?

 それほど彼らは馬鹿だと?

 それとも自分のためだとでも言うのかい?』


 そうだよ。

 私は死にたくなかった。

 だから、支払いをしたのさ。

 自分のためさ。


『死にたがりのお馬鹿さん。

 君は大人を、人間を舐めているね』


 いいだろ、別に。

 いずれ分かることだとしても。

 私は、私の為に動くだけだ。

 さて、少し考えたいんだ。


『君には、いままでの出来事はすべて不可解だろうねぇ』


 あぁ不可解だ。

 そして相変わらず、グリモアは答えだけは知っているようだ。


『術式を読ませてもらったからね』


 異形との会話がそれか。

 だとしても、これもまた約束通り、聞いてはならない。

 そのほうが楽なのだが。


『聞いていいよぅ』


 止めろ。

 昨夜の、これまでの出来事は、この東全体の歴史も関係がありそうだ。

 術もそうだが、元々、なにか大掛かりな呪術、死霊術?不死の王が敷いた術式があるのだ。


 これで終わりとはなるまい。


 術が敷かれねばならない理由、経緯。

 それを阻害しようとする勢力。

 コルテス内地の乱れ。

 船の沈没や東の国々がどうもおかしいこと。

 他にも細々と不可解な事を見た。

 死んだ神官の書き残し。

 土手に残る奇妙な物。

 公主の墓での出来事。

 コルテス公の息子の名。

 そして霞か靄の中から現れたのは、記章を下げる男が引く馬だ。

 眠る娘が馬上で揺れ、死者の道行きが鎮護の歩みを続ける術。


 護ろうとする者。

 乱そうとする者。


 一夜の内に墓守の体は、すべてを蔦が覆い尽くした。

 くるみ込むように包まれて、蔦は巻き付き蕾をつけた。

 先に咲いた花は枯れ、新たに蕾がたくさん育つ。

 その中身は、息絶えているのかいないのか。

 蕾は薄い桃色で、苗床を考えなければ実に可愛らしいものだ。


『そうだね。

 手遅れだよ。

 懺悔しても許しは得られない。

 だから、捨てていこうよ。

 どうせ医者に診せても無駄さ。

 可愛いお花の養分になるだけさ。

 脳みそだって最後は吸いつくされて終わりさ。

 今は生きたまま喰われ、無限の苦しみに置かれていたとしても。

 この愚か者どもには、もったいないぐらいの優しささ。』


 人殺しだから、か。


『どう思う?』


 人の罪への報いではないのか。

 なら不死の王の力、術式に干渉した罰?

 この蔦には王の力の残滓、無邪気で無慈悲な気配がある。

 可愛らしくも恐ろしい力の気配、死の気配。


『そうだよ。

 これを取り除けるのは、王だけさ。

 宝を得るなら、お代を払うのが公平じゃない?

 なら宝を奪うというなら、相応に奪われても文句は言えないよね』


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