第728話 俺は変わったか? ②

 ため息をひとつ。


 彼らの話に呑まれて、私は私自身がつかめる事柄を見失っているようだ。

 考えを整理したい。


 不死者の王が御業をふるった東マレイラ。

 三公爵はそれぞれに対立し、表立っては争うことを良しとしていない。

 理由はわからないが、同族、家族で殺し合っても利益が無いのもあるだろう。

 だが、争いは拡大しつつある。

 ニコル姫の死は、限界を越える物だったのだ。

 姫の死後、緩やかに東は陰りを見せた。

 景気は腐土の影響と交易船の沈没が重なり悪くなる。

 領民の間には不穏な行いが蔓延り、コルテスは荒れ果て蛮行が続く。

 ついにはアッシュガルトまで混乱が広がり、シェルバンからは次々と変わり果てた者達が襲いかかってきている。

 今までにない出来事に、カーンや中央軍の者が手当をせねばならぬ事態だ。

 誠に恐ろしく、不安不幸な出来事ばかりだ。

 だが私がオロオロと無策に怯えていても、ビミン達やカーン達、巫女頭様や知り合ったウォルト達の命運が良き方向へ向かう訳では無い。

 では何ができるのか?

 私ができるのは、目に見えぬ死者の国の事だ。

 グリモアが逸るは、ニルダヌスが口にした魔導にである。

 怒りではなく、どこか楽しんでもいるようだ。

 では、そんな彼らが怒りを感じたのは、何時何処での事だった?


 不死鳥館で行われた、洗練とは程遠い呪術の痕跡にだ。

 鎮護の道行きを乱す愚か者への怒りだ。

 どれほど命が失われようとも、グリモア、神の具が意識を向けるのは、完璧な不死者の王が敷く巨大な呪術方陣の方である。


 ではグリモアの主が定め、できる事は何だ?


 調和だと思っている。


 この世界が壊れないように、流れが止まらぬようにすること。

 これは人の営みとも結びつく話だ。

 人もこの世の一部であるからだ。

 多くを奪いすぎないように。

 苦しみだけにならぬように。

 調律するのがグリモアの主ができる事だと考える。


 繕い物をするのが、グリモアを手にした者がする事だ。

 この世界の綻び、生き物が健やかに暮らせるように願う事。

 人が皆で手を取り合って、生きていけるように。

 何もわからぬ、私が考える、役目だと思っている。


 その未熟な主に対して、グリモアが警告をした。


 流れに逆らわず、留まるを良しとはせぬ。

 向かうべき場所は、何もせずとも招かれる。

 私自身も行かねばならぬとわかるのだろう。


 では、私は魔導師なる者と語り合わねばならぬのか?

 東の土地の争いに加担したであろう者。

 それは魔導師なのか?


 違う。


 と、即座の否定。

 そして知識の開示。


 魔導と呪術の違いが述べられる。

 まずは、魔導とは神に近しい不死者の王の配下であり、存在は理の内にある。

 しかし、その力は理の外から得る。

 不死者の王が理という神の軛、死の理から解き放たれた者であるように、その力の元はこの世には無いのである。


 難しい。

 だが、呪術者と魔導師とは、双子のように似ているのだろう。

 善と悪の存在ではない。

 どちらも善であり悪である。


 双子。

 フッと差し込まれる感慨。


 魔導とは契約に縛られる者。

 呪術とは理に縛られる者。


 魔導の対価は、等価値の犠牲である。

 呪術の対価は、等価値の犠牲である。


 その犠牲の違いがわかれば、自ずとその力と方向、目的、二者の違いがわかろう。


 近しいが、彼らとは違うのだ。

 彼らは人の世に留まり、は死者の宮に巣食うのだ。


 我らは..


 そこまで考え、ふと視線を感じて顔を上げる。

 皆が、私を見ていた。

 当然、ニルダヌスもだ。

 彼は私に向かい、ゆっくりとした口調で言った。


「私が出会った者は、若い男の姿をしておりました。

 人族の、長命な方に見えましたな。

 黒い髪、瞳の色は暗い藍色でしょうか。

 渡されたのは、手のひらほどの肉厚の植物の実でした。

 そうですね、蓮の実に見えましたな。

 それを割ると小さな種がある。

 大きさは団栗ほどで、それを口に含ませると勝手に体に入り込むのです。

 三日ほど、かかりましたか。

 息を吹き返し、まるで生き返ったかのようでした。

 ですが正気でいられるのは、一年。

 これは妻の場合です。

 ジョルジュの時は、ベインの事です。

 彼の時は、少し違っておりました。

 目覚めた時には、もう、彼ではなくなっていました。

 妻の場合は、腐り果てるのにはそれから二年。

 三年経てば、腐り果てた体から実が落ちる。

 最初に使った実と同じく育った物が手に入ります。

 これを防ぐには女の体内から取り出し焼くのです。

 私は再び実を手にし、腐り果てた遺骸と暮らしていました。」

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