第895話 モルソバーンにて 其の八 ④
「手応えがないですね」
短刀を引き抜きながら、ザムが言う。
すると、それに答えるように異形の体が蠢いた。
蠢き体表が波打つ。
打倒された他の二体も同様に、その肉が蠢く。
体液を滴らせながら、それは寄り集まった。
寄り集まり、長虫のようになると胴体から足を突き出し逃げていく。
その理屈の通らない蟲の姿に、思わずため息がでる。
嘘か真か、全てが混沌としていた。
『ここが本物では無くて良かった』
「偽物の何が良いっていうんだよ」
『魔導であっても、創り出した者が稚拙で未熟。
穢れを呼び込んだとしても、これを手掛けた者は、神を殺すを望んではいない。
疑わしい者であり、魔導師に及ばず。
呪術師であったなら素人、人としては、ただの臆病者でしょう』
「それがお前の意見か?」
『魔導師とは理を壊す者、我らが神を殺す者。
その欲望は人の物ではない。
公爵に敵対する者に与するのが魔導師であるならば、このようなヌルい行いは許さない。
彼らが望むは、もっともっと悍ましく、堂々と行うだろう。
隠れること無く、人の世を壊すだろう』
「まるで賞賛しているようだな」
『行動をすれば、報いがある。
報いとは行いに対する結果です。
呪術にしろ魔導にしろ、行いには報いがあります。
呪術の場合は、対価、価値を示して神と取引をします。
商売とするなら、術者は書面に己が名を刻み、支払いをするのです。
では、魔導を扱う者はどうなのか?
取引相手が違うだけです。
己が名を刻み、行動をして報い、結果を得るのです。
そう悪事を働いたなら、報いを受ける。
彼らは穢れを扱うから卑怯なのか?
違います。
魔導の力を扱う者も同じです。
悪い事がわからなくとも、自分の行いから逃げない。
逃げれば術は本来の力を得る事はできません。
お代を払わぬ者が商う事はできないからです。
そしてここに広がっている術は、皆、顔が無い。
署名無く、膨大な命をもって場を繕っている。
報復から逃げる。
報いを誰かに押し付ける為に。
名を身を隠し、穢れに堕ちる事も恐れ、国から差し向けられる調べも恐れ。
逃げ、隠れる。
魔導の者を賞賛しているのではない。この卑怯な偽物に苛立つのです。』
「それは、お前の感情なのか?」
カーンの言いたい事はわかっている。
「これを焼けばいいのか?」
イグナシオが人々が塗り込められた角錐を見上げる。
側に寄り、苦しみの塔を眺めた。
「生きているのか?」
人の体が黒い物でかためられている。
白い皮膚が黒い蝋のような物で癒着し、泳ぐように埋め込まれていた。
老若男女が様々な姿で塔を作る。
目を閉じる姿。
口を薄く開き、息を吐く姿。
泣く者、笑う者、皆、眠っているのだろうか?
人を大きな手で握りつぶして作った塔だ。
彼らは半死半生で、そこに置かれていた。
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