第896話 モルソバーンにて 其の八 ⑤

『生きている事が重要だった。

 苦しみを与える為では無い。

 私達の世界と異形の世界を繋ぐ為に、半死半生の命が必要だった。

 あの世とこの世を繋ぐ為に、死者への道を辿ろうとする定めの命を欲したのです。

 すでに体は異界の門へと成り果てているでしょう。

 彼らを焼けば、魂だけは理に戻る。

 輪に戻る事もできるでしょう。』


「ならば」


『ですが』


 私は、塔に近寄り触れる。

 人の命は暖かいはずなのに、それは酷く冷たかった。


『ですが、送り出す前に、私は対価を要求したいのです。』


「どういう意味だ?」


 私の中の、否、私は哄笑する。

 悲しみと苦しみの象徴を前にして、気が狂ったように笑う。


「オリヴィア!

 しっかりしろ、自分を見失うな、オリヴィア!」


 揺するカーンの手に、笑いをおさめる。

 これは私、私自身の考えだ。

 私は悪い人間だ。

 私は、酷い奴だ。

 私も弱い心しかない、愚か者だった。


『因果は一つの流れです。

 原因があり、結果がある。

 そしてこんな考え方もあります。

 結果によって、原因も又、生まれるのです。

 流れではない。

 輪だ。

 命の理と同じく、物事は還るのです。

 苦しみと絶望、誰かの失った時間を原因として、誰かに報いという結果を与える。

 これは奪った者が受ける当然の結果だ』


「何をする気だ?」


 お花が咲くよ。

 繰り返し、テトが言う。

 異形も笑い囁く。


 お花が咲くよ。


 多くの犠牲を糧にして、黄泉の岸辺に花が咲く。


『名を名乗らぬ卑怯者どもよ。


 聞こえているか?

 見えているか?

 愚かに曇った眼にも、甘言ばかりが聞こえる腐った耳にも聞こえよう。

 我らが神が与える慈悲など、お前たちには勿体ない事だ。


 この私が願おう。

 慈悲ではない。


 この私が、奪われた者達のかわりに口にしよう。

 お前たちは逃げられない。

 お前たちを絶対に逃さない。


 命を奪って逃げおおせると思ったか?

 だが、まやかしとは言え、お前達は楔をつくって見せた。

 楔とは、宣誓である。


 名乗らずとも、お前は神へと向かい誓ったのだ。

 異界の神であろうとも、神は神であり、お前達が生きて這い回るのは我らが神の国なのだ。


 無知であろうと愚かであろう。

 名乗らずとしながら、自ら罪状を開示してみせたのだ。

 

 神は、必ず取り立てるであろう。

 お前の神がどの神であろうともだ。

 

 大言壮語ではない。


 供物の名をもって、秤に載せられた魂の数だけ、願う。


 命奪うは容易かろうが、因果は断ち切れぬ理である。

 たとえ、それが魔導であろうともだ。

 魔導という術でさえ、糧と対価は支払われるのだ。』


「力を使う気か、駄目だ。止めろ」


 困惑する三人の顔を見回す。


『大丈夫ですよ、旦那方。

 たいした事ではありません』


「いい加減にしろ、オリイヴィア!」


『増長するなと仰言りたいんでしょう?

 わかってます、でもね、許せないんですよ。』


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冬の狼 C&Y(しーあんどわい) @c-and-y

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