第71話 新ダンジョン攻略チーム先遣隊、隊長チッチ
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「ふぃー……。流石にこの人数と物資でここまで来るのには、時間がかかったなぁ」
額に浮いた汗を拭いつつ、背後の一行を振り返ったあっしの言葉に、相棒のラダが嘆息する。
「当たり前だろ。約一〇〇人が一月飲み食いする分の物資だ。道中が安全だったおかげで、早く着いた方さ」
その言い草はもっともなので、反論などせず苦笑するにとどめた。それから背後にぽっかりと口を開いた洞窟を見遣る。その暗い入り口の向こうには、以前同行した【
無論それは、多勢に無勢であったのが大きな要因であり、今回我々は一〇〇人からなる大所帯だ。同じ轍を踏む惧れは低い。まぁ、この一〇〇人の内四〇人程は、拠点の維持と物資の管理を担う、非戦闘要員として扱う人員だ。退路の確保にも、一定数の人数を配さねばならず、そちらには武力も必要な為、最前線で使える人員は、多くて三〇人といったところだろう。
だがまぁ、相手が小鬼と豚鬼ならば十分だ。大鬼が多少厄介ではあるが、中級冒険者パーティが二つ、できれば三つもいれば、余裕をもって対処できるはずだ。
無論、あっしらであれば単独での対処も可能だが、中級には七級や六級もいるからなぁ……。六級はともかく、素人に毛の生えた程度の七級など、どこまで使えるかわかったものではない……。できるだけ固まって行動させるべきだろう。
「はぁ……。なんだってあっしが、こんなポジションに宛がわれたんだか……」
「あんたの斥候の腕前と経験を買われての事だよ。誇りなさいな」
「いやまぁ、自己卑下してるわけじゃねえけどよ……」
とはいえ、腕っ節がものをいう冒険者連中は物事を『強さ』という物差しで測りがちだ。勿論、あっしとて五級の端くれ。いかに斥候といえど、二人でパーティを組んでいる以上、そんじょそこらの六、七級の前衛にだって見劣りしねえ技能はあると自負している。
だが、やはりそれでもあっしはあくまでも斥候であり、特筆する程強くはねえ。今回集めた五級の中には、あっしより強いヤツだっているのだ。
「おまけに、そいつらは地元の冒険者、あっしらはアルタンの冒険者だ……」
「あー……、まぁそういう意味ではやりにくいってのはあるねぇ」
あっしはこれでも、そこそこ名の売れた冒険者だ。ただそれは、ベテラン冒険者として、斥候として、なにより情報屋としての名だ。求心力という意味では、かなり弱い。これで、一〇〇人からなる先遣隊を指揮しろというのは、なかなかどうして荷が重い。
まぁ幸い、アルタンとシタタン間は、以前あったバスガルのダンジョンの関係で冒険者の行き来があり、シタタンに程近いサイタンの冒険者にも、あっしの名はそこそこ知られていた。最低限、こっちの指示を聞かせられる程度の威令はある……と、信じたい。
「大丈夫だって! 【
「ああ、そうだな……」
そう願うぜ、まったくよ……。まぁ、実際のところ、物資の管理もあっしの指揮下にある以上は、略奪でもしない限り無用な反発など逆効果にしかならない。そして、万が一水や食料の略奪などすれば、それはもう冒険者としては終わりである。
よりにもよって、ダンジョン攻略の足を引っ張るような冒険者など、その存在意義を根底から否定しているといっていい。ギルドとて、その不行状をおざなりにはしない。……まぁ、世の中そんな不心得者がいないわけじゃないってのが、どうにも度し難い話なのだが。
「まぁでも、【
「物資は一月分しかねえし、場合によってはその物資を損なう事態も想定される。そう悠長にはしてられねぇよ」
「たしかに……」
この大所帯で食うに困る事態を思ってか、ラダの顔が渋面に染まる。ダンジョンの攻略を困難にする最大の要因が、この補給の問題だとされている。勿論、迷宮構造や規模、罠やモンスターといったわかりやすい脅威も大きいのだが、経戦能力の維持という観点からすれば、やはり物資の枯渇は最大の問題といえる。
特に、ここみたいに人里離れた場所にあるダンジョンでは、物資の補給が覚束ず、攻略を諦めざるを得ないという場合が多々ある。今回はまぁ、攻略状況がどうであろうと、一月で引き上げるうえ、半月後に同量の物資が補給される手筈も整っている。その辺りは、サイタンのギルマスであるフェイソフが確約してくれた。
「はぁ……」
あっしは、己の肩に乗った責任の重さを再認識して、再度大きく陰鬱としたため息をつ吐く。要は、あっしが指揮をミスって物資を失うような事態に陥らなければ、今回の探索は安泰だといえる。
こんな大人数を指揮するのなんて初めてであるあっしの指揮が、上手くいけば……。
「チッチさん! ダンジョン外の拠点、確保しました!」
年若い、九か八級冒険者の少年が駆けてきて、溌溂とした報告をする。あっしはそれに、仮初の威厳を纏って鷹揚に頷いた。
「応よ。ごくろうさん。いま行くぜ」
「はいっ!」
あっしの労いに、顔を輝かせて持ち場へ戻っていく少年冒険者。彼からすれば、五級の冒険者は十把一絡げに雲の上の存在だろう。そうなると、離反の心配もしなくていいから楽だ。
その可愛げのある態度に、あっしとラダの口元が思わず綻ぶ。ああいう、素直で明るい後輩ってやつは、見ているだけで好ましい。そう思うのは、あっしもこいつも歳をとった証拠だろう。
「…………」
少年といっても、年の頃は十五、六くらい。少なくともハリュー姉弟よりかは年上だろう。そう考えると、いくらなんでもあの姉弟はませ過ぎているように思える。
まぁ、過酷な生い立ちが彼らを早熟にしたのだろうが。
「旦那も、あれくらい可愛げがあればなぁ……」
「無茶いいなよ。そんな
それもそうだという思いと、だとしてもあれはという思いが胸に湧くが、あっしは努めて口にするのを堪えた。次の瞬間、あのあどけない声が背後から聞こえてくる想像に身震いしつつ、あっしは指示を出すべく簡易に構築された拠点へと向かう。
まったく、いてもいなくても心臓に悪い……。
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