第123話 失魂落魄の執務室

 ●○●


「はぁ……、はぁ……、クソっ! 次から次へとッ!!」


 偽ゾンビを斬り捨て、アタシらはまたも扉の奥へと飛び込んだ。少しずつ、進める距離が短くなっているのは自覚している。


「サディ! トゥレドが怪我をした! シドに回復させるぞ!」

「了解!」


 バルモロの言葉にアタシは大声で応えつつ、扉の前に机や瓦礫なんかを移動させて、即席のバリケードを作りあげる。扉の奥からは、いまも偽ゾンビどもの群れがその扉を叩く音が聞こえてきている。

 シドは回復術の使い手だからこそ、その魔力の使いどころは慎重に吟味しなくてはならない。適当に使い続けていては、いざというときに魔力切れでどうにもならなくなってしまう。


「バリケードはこれでいいか?」


 パトロクロスの言葉に、アタシは力なく頷く。疲労から、言葉を発するのも億劫になっていた。それも仕方がないだろう。

 あの【大骨獣ヒュージビーストスケルトン】が現れてから半日強。ほぼずっと戦い通しなのだ。休憩できるのは、扉のある部屋に立て籠っていられる僅かな間のみ。こうしてバリケードを張っても、いずれは破られてなだれ込んできた偽ゾンビどもをなぎ倒し、先へと進まねばならない。

 少しでも休もうと、アタシとパトロクロスも腰を下ろす。残りの食料は心許ないが、ここで食べなければ後々気張れなくなる。生命力の枯渇で死ぬのなんてごめんだ。同じように、ゾンビに群がられて死ぬってのも気色が悪い。まぁ、ここにいるゾンビは基本的に幻を纏った【骨人スケルトン】なのだが。


「どれだけ倒しゃ減るんだよ、このゾンビどもは……」


 愚痴るパトロクロスの言葉に同意しつつも、アタシはなにも言わずに携行食料を齧る。愚痴をこぼすだけでは、気分が落ち込むだけだと判断したのだ。

 いずれは、アタシたちは再び打って出なくてはならない。それまでに体力も、気力も回復させておかねばならないのだ。無駄遣いなんてしている余裕はない。


「なぁ、やっぱりあの宝剣がなんらかの鍵なんじゃないのか? あの部屋に戻ってよ、その剣戻しゃあ、このゾンビどもも消えるんじゃねえのか?」


 だがパトロクロスの無駄口は止まらない。その言葉に、流石には流石にアタシも呆れて言葉を返す。


「いまさらなにを言ってんのさ。いまから来た道引き返そうにも、廊下には偽ゾンビどもが溢れてんのよ? 進むも戻るも労は同じ。そして、あの部屋まで戻るって選択肢には、あの狭い部屋で【大骨獣ヒュージビーストスケルトン】との戦闘が余儀なくされる」

「そんなすべてのリスクを甘受してなお、剣を台座に戻せばあの偽ゾンビどもが消えるだなんて保証は、どこにもない。ただ、この変化はたしかに、あの台座から剣を抜いた事で起こった。であれば、検証はしておくべきだったな。まぁ、部屋を出る頃には、【大骨獣ヒュージビーストスケルトン】のせいでそれどころではなかったわけだが……」


 アタシの言葉に棘があったからか、即座にバルモロが言葉を継ぐ。そうだ。こんな場所で仲間に当たったりしたら、それこそ命の危機だ。追い詰められている状況だからこそ、仲間との意思疎通と連携に注力しなくちゃ。


「……あの場で進言できなかった、ボクたち全員の責任……」


 シドの言葉に、パトロクロスがバツの悪そうな顔をして頭を掻いた。


「そ、うだよな……。すまん、いまさらどうしようもない事を言った」

「まぁ、言いたくなる気持ちもわからんじゃねえ。敵は一向に減らねえし、俺たちはジリ貧だ。だが、だからこそ互いに互いを信頼し合おうや。ここで俺たちがバラバラになったら、それこそ波に呑まれるようにゾンビどもに群がられて終わりだ」


 最後にマグがまとめた事で、アタシたちは互いに視線を交わし、頷き合う。どれだけ追い詰められても仲間を信じると、決意を新たにした。

 バキりと、扉が拉げる音が聞こえる。嫌でも耳に馴染んできた、タイムリミットの音だ。もう間もなく扉は破られ、偽ゾンビどもはこの部屋に雪崩を打って押し寄せてくる。

 まだバリケードがあるが、扉が破られたあと、あれが持ち堪えてくれる時間はそう長くはない。


「各自、戦闘準備。それでもバリケードが破られる直前まで、体を休めるよ。破られたら強行突破。なぁに。相手はどうせただの【骨人スケルトン】だ。戦うだけなら、どうとでもなるさね」


 そうだ。相手は所詮、死霊術の初歩の初歩たる術の【骨人スケルトン】だ。あんな脆いヤツがどれだけ群がってこようと、アタシらは四級も視野に入っているベテラン【長腕のルーサウィルダーナハ】だ。対処するだけなら、どうとでもなる。

 問題は体力と精神力……というか、もっと直接的に生命力と魔力の消耗の度合いだ。先が見えない状況で、これらをどう配分していくかが、生き残る為の鍵といっても過言ではない。さて、どれくらい持つか……。


「……ぅあ……」


 微かな呻き声のようなものにそちらを見れば、青い顔しているトゥレドがいた。そういえば、さっきの会話に彼女が関わっていなかったなと思い至る。だが、その顔色の悪さは尋常ではない。


「トゥレド、大丈夫? きちんと食べるもの食べないと――」

「――うぇぁらぁ!!」


 そう言って取り出しかけた携行食料に、文字通り飛び付いてひったくっていくトゥレド。彼女らしからぬ力に押されて、アタシは尻もちをついてしまう。


「ったぁ。ちょっとトゥレド。そんなにガッつかなくても――」


 言いかけて、アタシの言葉は止まる。トゥレドはまるで数日間食べ物を口にしなかったかのような勢いで、アタシの携行食料を噛み千切っては、咀嚼も疎かに嚥下している。明らかに、尋常な様子ではない。

 アタシは咄嗟に、仲間に声をかける。


「シド! トゥレドの様子がおかしい! バルモロも見てやってくれ!」


 二人を呼びつつ、アタシは扉に対する警戒を強める。この状況で、三人分も手が減るのは困る。さらにアタシまでも敵に対する警戒をおざなりにしては、それこそ敵の波に呑まれちまう。


「おい! どうしたトゥレド!? あ、暴れるな!」

「……なにかの病気ッ? あるいは毒?」

「この状況で――グッ!? すごい力だ!」


 聞こえてくるシドとバルモロの声に、切迫した雰囲気が伝わってくる。どうやら魔術師の二人では、トゥレドを押さえ付けるのは荷が重いらしい。


「パトロクロス! バルモロと交代してやりな。マグ! 扉の様子に気を配って、変化があったら即座に伝えてくれ!」

「ああ、了解だ。バルモロ、代わる!」

「ああ、普段のトゥレドとは思えない様子と力だ、気を付けろよ?」


 できるだけ隙を生まないように、すぐさま二人が入れ替わる。パトロクロスは安心して前衛を任せられる仲間だが、バルモロも頼れる後衛だ。多少無理をする事になるが、【大骨獣ヒュージビーストスケルトン】や【大骨人ジャイアントスケルトン】なんかを使えば、十分に前線も維持できるだろう。


「おい! トゥレドどうしたんだ!?」

「……回復術に効果が見込めない……。……もしかして、これは……、…………?」


 アタシの耳にシドの落ち着き払った、静かな声が届く。その言葉に、仲間の全員がなるほどと頷く。幻術であれば、本能である食欲を増進させる事は、やり方こそわからないものの、それ程おかしな話ではない。

 だが、ただの幻術にしては、流石にトゥレドの状態は常軌を逸している。彼女は目を剥き、言葉にならない咆哮をあげて涎をまき散らし、まるで獣のようだ。流石に人をこんな状態にする幻術なんて初めて見る。当然、対処法なども見当が付かない。


「おい! 聞こえるかトゥレド! 強心術を使え! 俺たちじゃどうしようもねぇ!」

「……幻術対策に使えそうな回復術や結界術は……、……ない……」


 幻術に対抗するには、当人が生命力の理で抵抗レジストするのが最適だ。外部から幻術の影響を取り除くなら、同じく幻術を使える者に頼る他ない。回復術は同じ【魔術】ではあるが、精神に作用する効果は見込めない。もしかしたら【神聖術】であれば幻術に対抗できる回復も見込めるのかも知れないが、シドはそちらは修めてはいない。

 故に、ここはなんとかトゥレド本人に強心術を使ってもらって――と、そんな事を思っていたとき、あのトゥレドが、よもやパトロクロスの拘束を振り切って、眼前のシドに襲い掛かった。


――真っ赤な鮮血が飛び散った。



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