第3話 借金取りと高飛車な債務者
「借金? なんの話だい?」
「奴隷たちの購入代金の話ですよ。ありゃあ、カベラ商業ギルドに立て替えてもらったもんでしょう?」
ああ、そういえばそうだった。でも、あれの支払いは、それ程切羽詰まっていなかったはずだ。
「それがですねえ、カベラの幹部連中が、こぞってこの町からトンズラしようとしてるって話は前にしましたよね? それで、持ってけるもんは全部持ってこうって算段らしくて、急に取り立てにきたんですよ」
「なんだいそりゃあ? それは契約違反ってもんだ。取り合う価値があるのかい?」
カベラ商業ギルドに対する僕らの借金は、たしかにそこそこの額だ。金銭に変えればそれなりの財産として持っていけるだろう。
だが、その借用書は、逆に言えば 僕らを働かせられる権利書なのだ。僕らが作る【鉄幻爪】シリーズの優先権と言い換えてもいい。この町の商人なら、誰もが欲しがるチケットだろう。
それを金に変える? せっかくの商材よりも、目先の端金を優先する?
僕はジーガに、本気で問いかけた。
「ジーガ、君の目を疑うつもりはないが、もしかしてカベラってのはバカの巣窟なのか?」
真剣な声音で問いかけた僕がおかしかったのか、言葉の端に苦笑いを帯びたジーガの答えが返ってくる。
「いえ、そんな事はないんですがね。どうも逃げる事に意識が向きすぎて、なりふり構っていられなくなっているようでして……」
「なるほど。ダンジョンが町に出現したっていう事実に意識が向きすぎて、恥も外聞も、どうでも良くなったか。貧すれば鈍するとは、まさにこの事だな」
「俺は学がないんで初耳の言葉ですが、まぁ、まさにいまのカベラにはピッタリの言葉ですね」
しかし、カベラ商業ギルド全体として、やはりそれはどうなんだと思う。その、なりふり構わず町を捨てるその姿が、この町の住人たちにどう見えるか。もしこの事態が終息したとしても、カベラ商業ギルドに再起の目はないだろう。幹部以外の職員も、ギルドを見限るだろうしね。
「ふぅむ。乗っ取る?」
「マジっすか?」
「だって、頃合いだろう?」
「それはたしかにそうですけど……」
カベラ商業ギルドは、ジーガの所属している組織だ。ジーガも僕も、そこからの要望にはある程度応じざるを得ない。目のうえのたんこぶとまではいわないが、鼻の下の吹き出物くらいには面倒な相手だと思っていた。
だとしたら、この機に面倒事を一気に片してしまうのもありだろう。
「…………」
「旦那?」
「ちょっと待って、いま考えてるから」
「本気で乗っ取るつもりかよ……」
実行するかどうかも含めて考え中……。
たっぷり十五分程考えて、僕は結論に至った。
「うん、やっぱり乗っ取る。新たなギルド幹部には、ジーガをねじ込もう」
「できるんですかい、そんな事?」
「とりあえず、一度カベラにはメタメタに名を落としてもらう事になる。そのうえで、向こうからこちらに泣き付かせる形で、ジーガを登用させる」
「うへぇ……。あの、そんなボロボロの看板で商売するって、かなりキツんじゃ……」
まぁたしかに。でもまぁ、計画通りにいけばそこまでハンデを背負ったスタートにはならないと思う。なにより、ギルドからの要望に煩わされる事もなくなる。
忘れてはいけないのは、僕は別に商売がしたいとか、金儲けがしたいからギルドを乗っ取るわけじゃない。ただ、ニキビ治療薬を塗って、鼻の下の吹き出物を治したいだけなのだ。
「そんなわけでジーガ、スィーバ商会について教えて。あと、そこについての情報も」
「スィーバ? ああ、以前カベラ商業ギルドを通して、注文してきたところですね。たしか、注文そのものは断ったような……」
「そうだね。だからこそ、僕らを働かせる権利には、財布の紐も緩むだろう。なにより、カベラを通さなくてすむ分、安あがりにもなる。喜んで借金を肩代わりしてくれるはずさ」
「なるほど……。しかしそうなると、完全にカベラとは手切れになるんですが、乗っ取りはいいんですか?」
「いまは構わない。その代わり、カベラが放置した職員たちは、こっちに引き込んでいてくれ。施設や職員の衣食住については、ジーガに一任する。そうだな、彼らにも仕事が必要だ。その辺の事については追々考えていくか。一度、ウル・ロッドとも話をしなくちゃな……」
「なにやら遠大な計画が、旦那の頭のなかでは始まってるようですね……。その舵取りを任される俺にも、一応作戦の概要くらいは教えといてくださいよ?」
まぁ、まだそこまで明確なディティールを持っていない案なので、ここからさらに煮詰める必要がある。ある程度形になったら、ジーガにも相談しよう。
こういう、人間社会の話には、グラはあまり役に立たないからな。
「とにかく、いまは服飾や宝飾関連の利権を持っている相手に繋ぎを付けて、僕らの借金を肩代わりさせるのを優先させて。裁量はジーガに任せるけど、あまり大きなところに話を持っていかない事」
「カベラに取って代わられるのは困るって事ですね」
「その通り」
今回の計画は、あくまでもニキビ治療が目的だ。他の場所にニキビを作ったり、それこそ目のうえにたんこぶなんてこさえたら、目も当てられない。
「わかりました。まぁ、そこら辺は主人の意向を優先しますよ。ただ、ディエゴのヤツはしばらく家の事には関われなくなりますよ?」
「ディエゴ君はジーガの専属だ。そっちを優先してくれて、全然構わないさ」
「了解です。それじゃあ、早速動きます」
「うん、よろしく。なにかあったら、連絡してね」
「はい」
そう言って、伝声管は沈黙した。
さて、借金についてはひとまずはこれでいいだろう。まさか、開戦の日にこんな事で煩わされるとは思わなかった……。
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