第4話 前哨戦
「来ました……が、これは……」
朝からヤキモキしていたというのに、バスガル側からの侵入者が現れたのは、もう昼近くの事だった。
すぐに変化を感じられるよう、依代と本体を自由自在に行き来できるグラが、ダンジョンコア本体に戻ってその侵入を察知したのだが、その顔には困惑の色が濃い。
「どうしたの?」
「かなり弱いモンスターが、十数匹。明らかに小手調べです」
「なるほど。前哨戦のつもりかな?」
僕は
そこには、その他の侵入者が赤い点で表示されているのとは別で、バスガルからの侵入者を意味する黒い点がいくつか表示されていた。
それはバスガルからの侵入口から、広がるようにダンジョンを進んでいる。散発的にモンスターを放ち、こちらの手の内を探る腹積もりのようだ。あと、地形把握の意味もあるだろう。
よく考えたら、バスガルは下水道から衣裳部屋への道を、まだ把握できていない可能性もある。
「どうしますか? 下水道のモンスターは、私には操れませんが」
グラが平静な表情のまま、僕に問うてくる。
下水道にいるモンスターは、野生のものが侵入し、繁殖したものか、僕が放ったものだけだ。グラが自由に動かす事はできない。
一応、僕が操って侵入者を排除する事はできるが、そうだな……。
「いや、放置しよう」
「いいのですか?」
「この時間帯なら、下水道は冒険者がいる。彼らが向こうの侵入者を排除してくれるさ。なにより、ダンジョンの変化に彼らは敏感だ。フットワークの悪いギルドが動く為の、きっかけになってくれる可能性もある」
「なるほど」
問題は、あの通風孔を見付けられたあとだろう。もしかしたら、あそこにバスガルのモンスターが集中しかねない。そうなると、僕らのダンジョンへの道が、人間たちにも察知される惧れがある。できればそれは避けたい。
「どうやら、いまのところ急いで手を打つ必要はなさそうだ。向こうも、開戦の日だからと焦って駒を進めるつもりはないらしい」
「そのようですね。ただし、安心は禁物です。小手調べがすめば、本腰を入れて攻めてくるでしょう」
「そうだね。じゃあ僕は、余裕があるうちにギルドに行って、彼らの尻を叩いてくるよ」
「なるほど。それがよろしいかと」
下水道の冒険者たちを、僕らのダンジョンの肉の盾にするには、まだまだ密度が足りない。バスガルから侵入してきたのは、鼻ムチヘビや光りトカゲのような、一般的なヘビやトカゲと区別の付かないようなザコモンスターばかりのようだ。だとすれば、下級冒険者だって対処は可能だろう。
人間たちには、もっと切迫感を持ってもらいたい。僕らが負ければ、この町は本当に、ニスティスの再来となりかねないのだから。
「それじゃあ、ちょっと行ってくるよ」
「ええ、お気をつけて。私は、侵入者に備えます」
ホント、少しはグラの真面目さを見習って欲しいもんだ。
冒険者ギルドに着いた僕は、以前は開けなかった扉を難なく開き、屋内へと侵入する。そこは相変わらず、役所じみた清潔感と雑然さという、相反する二つの要素が混じり合う空間だった。
冒険者たちが僕を見ては、ギョッとしてからそそくさと目を逸らしていくのを後目に、僕は受付へと向かう。腫れ物扱いにはもう慣れたが、然りとて不快感がないわけではない。
「こ、こんにちは〜。本日はどのような御用件で?」
残念ながら、受付にはセイブンさんはおらず、たまに応対してくれる受付嬢がいた。それと、セイブンさんがいない間の受付担当らしい、筋骨隆々の冒険者もいたが、彼はセイブンさんと違い受付業務には就かないようだ。
引き攣った笑顔を浮かべる、営業スマイル〇点の受付嬢に、お手本を示すように営業スマイルを浮かべて挨拶を返す。
「こんにちは、ジーナさん。今日は新しくできたダンジョンを調べた際の資料をまとめましたので、それを提出に。あと、資料整理が滞っているようでしたら、そのお手伝いに」
「そ、そうでしたか。ええ、はい。資料整理に関しては、お願いできましたら……。ダンジョンの資料も、そちらで処理してうえに提出していただけると、ありがたいです」
「そうですか。では通りますね」
「はい」
受付嬢に適当に挨拶をしてから、一度ギルドの外に出て、職員用の通用口に回る。その通用口にも、屈強な冒険者がおり、侵入者に目を光らせている。僕は彼に、さっき渡された許可証を見せ、さらに武装してないかをボディチェックされたあと、【提灯鮟鱇】は中の守衛に預けるようにと、いつものように言われて、入館を許可された。実に念入りだが、まぁここが冒険者ギルドである以上は、当然の警戒といえるだろう。
言われた通り、警備室で【提灯鮟鱇】を預け、資料室へと向かう。
以前のダンジョン侵入の際、【
まぁ、だからってあの三つを失ってしまたのも、痛恨だったが……。
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