第5話 アジテーター
資料室につくと、いつものように老婦人に挨拶して、今日持ってきた調査資料を提出する。老婦人がその資料を読んでいる間に、溜まっていたダンジョンの報告書を精読し、情報を抽出していく。
この段階の報告書は、本当に玉石混淆で誤情報も多い為、非常に面倒な作業だが、その分意味も大きい。この資料を整理すれば、バスガルのダンジョンを攻略する、たしかな手がかり足がかりとなるだろう。
「うん? ダンジョンが広がっている?」
そんな情報の中に、気になるものがあった。報告者は、ダンジョンにもぐっている中級冒険者に加えて、フォーンさんとフェイヴの名もある。だとすると、誤報の線はないな。
「しかしだとすると……」
これはちょっとおかしな事だ。
ダンジョンの拡大は、ダンジョンにとっては義務というよりも、生理現象に近い。故に、ダンジョンが広がっている事そのものは、特段不思議ではない。
が、これはあくまでも、僕らと戦争の真っ最中でなければの話だ。
ダンジョンを広げるには、当然ながら
いや、デメリットだらけだといえる。守必要のある領域が広がり、守る為のモンスターを生むリソースが減るのだ。侵略戦争中だからこそ、ダンジョンは広げるべきじゃない。
現に、僕らだって宣戦布告からこっち、ダンジョンの拡張はかなり滞っているのだ。
こっちが侵略する必要のある領域を広げ、モンスターやDPを不足させようと目論んだ? たしかに、その二つの要素において、向こうはアドバンテージを持っている。その優位をさらに広げ、絶対的なものとしようとした?
いや、それはないだろう。向こうは、こっちが生まれたてのダンジョンだという事くらいは掴んでいるかも知れないが、まさかほとんどモンスターがいないとまでは思っていないはずだ。どれくらいの手駒がいるかわからないから、前哨戦にザコを少数送り込んできたのだろうし。
手勢を減らしてまで、領域を広げる意味……。
うーん、ダメだ。考えてもわからない。絶対に悪手だと思えるのだが、なにか意味があるのだろうか。
ダンジョンコア的な観点からなら、わかるのかな。帰ったらグラに聞いてみよう。
「ショーンさん、こちらでしたか」
考え事をしていたら、声をかけられて振り向いた。そこには、【
「こんにちは、セイブンさん。どうされました?」
「ダンジョンに変化がありました。どうやら下水道の方に、バスガルのモンスターが流入してきているようです」
「それは……、いよいよ侵食してきたって事ですか? こちらの報告書にも、ダンジョンの領域が広がっていると書かれています。冒険者ギルドとしては、一刻も早く対策を講じないと、手遅れになりそうなんですが……」
「そんな報告が……。申し訳ない。私の耳にはまだ……」
「報告者のなかに、フォーンさんやフェイヴさんもいるのですが……」
「……あのジジイども……」
うわぁ……。セイブンさんの口調がここまで乱れたのを、僕は初めて見た。どうやら、ギルドはギルドの方で、ゴタゴタしているらしい。そのゴタゴタに振り回されて、機能的に動けていないという事のようだ。
「セイブンさん。たぶん、いまってもうかなりギリギリの状況だと思うんです」
「そうですね……」
「このまま後手後手に回ると、本当にこの町が、第二のニスティスになりますよ? たぶん、ギルドの幹部たちはその責任を負いたくないのでしょうが」
「……ええ、そうですね……」
疲れたようにため息を吐きつつ、セイブンさんが頷いた。
「ハッキリ言って、ギルドは責任を【
「……はぁぁぁ……」
盛大にため息を吐いたセイブンさんは、なにかを決意したようにまっすぐに僕を見る。
「ここで動かないのは、連中と同罪ですか」
「そうは言いません。ですが、死んでからでは、後悔もできないと思います」
「至言ですね。いいでしょう。私の責任で、対応策を動かせるよう、幹部たちを黙らせます」
「できるだけ早くおねがいしますよ。どう考えても、もう時間がない」
「そうですね」
そう言って資料室を去ろうとしたセイブンさんが、思い出したように振り向いて僕を見る。
「ショーンさん、もしよろしければ、下水道に向かって、モンスターを間引いてもらえませんか? たしか、以前そのような手段があるとおっしゃっていましたよね?」
「え? ああ、そうですね。まぁ、ない事もないです」
いやまぁ、あのときは蘭鋳と夢海鼠があったからね。あと、下水道だったら、大樽廻も必須だろう。それらがない現状、あまり行きたくはないのだが、この場合は仕方ないか……。
「お願いできますか? こちらは、できるだけ早く動けるようにします。その為にも、バスガルからの侵攻を食い止めてください」
「了解しました。とはいえ、できる限りですよ?」
「勿論です」
そう言って去っていたセイブンさんを見送り、話を聞いていた老婦人に挨拶をしてから、僕は冒険者ギルドをあとにした。
まぁ、思いの外すんなり焚き付けられたようだ。
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