第6話 拡張の謎と氾濫の可能性
〈3〉
ダンジョンに戻ってきて、まずやるべきはグラに大樽廻二号の作成をお願いする事だった。それ以外のものは自分でも用意できるのだが、属性術の理を必要とする大樽廻は僕には無理だ。
「それでは、私も行きましょう」
だが、グラの返答は僕の予想外のものだった。
「え? それはつまり、僕と一緒に依代で向かう、って事だよね?」
「いえ、ダンジョンコアのまま向かいましょう。以前用意した装備を、不備や不足がないか、手触りはどうか、一度使ってたしかめておきたかったのです」
「む、むぅ……」
そうか。たしかに、装備品の使い心地をたしかめておくのは重要だ。特に、グラ用の装備というのは、本当の本当に追い詰められた際に使う、ダンジョンコアを守る為の最後の砦といっていい。いざそのときになって、欠陥品だとわかっても遅いのだ。
「向こうのダンジョンに乗り込むわけではありませんし、戦うのも弱いモンスターばかり。これでも私の身を案じるというのは、流石に過保護ですよ? ある意味、そんな弱いモンスターにも勝てないと言われているようで、少し心外です」
「わかった、降参」
そんなわけで、二人で下水道に向かう事になった。大樽廻二号はちゃんと作ってくれたが、たぶん今回の探索では使わないだろう。グラがいるからね。
以前見た美少女戦士バルキリーに変身したグラと一緒に、下水道へと向かう。変身バンクを期待されても、最近のグラには僕が仮初の羞恥心というプログラムをインストールしたので、人前で全裸にはならない。
まぁ、その理由は、恥ずかしいからではなく、そういう事をすると人間社会では猿扱いされると、僕が教えたからだ。あの誇り高いグラが、敵対生物たる人間に畜生と侮られるのを、よしとするわけがない。
「おい、あれ……」
「白昼夢と、例の姉か? すげえ装備だな」
「……おお、可憐な……」
「あんな重そうなランスを、軽々と。弟が弟なら、姉も姉だな……」
「白昼夢? 死んだんじゃなかったか?」
「ああ、一度は死亡報告がでたらしいが、すぐに撤回されたそうだ」
「なんだそりゃあ?」
「また誰か、幻を見せられたんだろ。俺ぁあいつが百人になってても驚かん自信がある」
「ちげえねえ」
ざわざわと遠巻きにこちらを見ながら交わされる会話を耳にしつつ、僕らは下水道の入り口へと向かう。相変わらず、ここは人が多い。僕らの前はサッと人が避けて道ができるからいいが、そうでなかったら歩くだけでも四苦八苦しそうだ。
下水道の入り口は、以前と同じようにギルドの職員によって封鎖されていた。だが、その顔色は悪く、チラチラと背後の下水道を気にしている。
変化があった事で、いつモンスターが氾濫するか不安なのだろう。
モンスターが溢れれば、冒険者だけではない。多くの民草がその爪牙にかかるのだ。ザコモンスター一匹とて、外に出したくないのが心情だろう。
ダンジョン側としては、この氾濫を起こすのはそれ程難しくない。持て余した受肉モンスターを、ダンジョン外に追い出すくらいの手間でしかない。必要なのは、モンスターが受肉する時間だけだ。
「ふむ、
「どうしました?」
「いや、言い忘れてたんだけど、バスガルの一階層がさ、どうも拡大しているようなんだ。それに氾濫が関係しているかも知れないかなって」
「ふむ……。氾濫ですか……」
バスガルは、それなりに長い年月を生き延びたダンジョンだ。当然、それなりの数の受肉したモンスターを、抱え込んでいるはずだ。それをアルタンに解き放つ為の準備と思えば、ダンジョンの拡張も……。
いや、言っててあまり蓋然性がない事に気が付いた。アルタンにモンスターを放つだけなら、わざわざダンジョンの一階層にとどめる必要なんてない。向こうのダンジョンから追い立てて、そのまま解き放てばいいだけだ。ダンジョンを広げる意味がない。
「あまり関係なさそうだね」
「そうですね」
「グラはどう思う? なんでバスガルは、この状況でダンジョンを広げるような真似をしていると思う?」
「我々を侮り、本来は勝利後にすべきダンジョンの拡張を行なっている、という事も考えられます」
「敵がそこまでのバカなら、ある意味与しやすいね。まぁ、侮るのは禁物だろうけど」
「そうですね。その件は、私も考えておきます。少し気になります」
「そうだね」
職員の元へたどりつき、僕の銀の冒険者証とグラの銅の冒険者証を確認させる。中級冒険者と一緒であれば、下級冒険者のグラでも下水道への侵入は許される。
「——ですが、絶対に鉄扉の向こうまでは行かないでください。不用意に足を踏み入れた際には、資格剥奪も含めて、ギルドから処罰が下ります。無論、生きていればの場合ですが」
そんな注意をされた。流石に、七級程度では侵入が許されるのは、下水道までらしい。
僕は一度、扉の向こうにあるバスガルのダンジョンに足を踏み入れているが、それはあくまでもフォーンさんとフェイヴに同行したからだ。
「了解です。お仕事ご苦労さま」
「…………」
にこやかに挨拶をする僕と、ツンと澄まして無言のグラが、職員の横を通り下水道へと向かう。パックリと口を開いたその空洞は、薄暗く僕らがその奥へと自ら足を踏み入れるのを待っているようだった。
……。
…………。
………………。
まぁ、この先もウチのダンジョンなんだけどね!
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