第29話 グランジ・バンクスの苦悩

 ●○●


 翌日、俺はギルドへ報告に赴いていた。裏口から支部長室に通され、そこにいたグランジと久しぶりに顔を合わせると、開口一番苦笑されてしまった。


「疲れてる顔してるぜ、ラベージ」

「そりゃあ、あの姉弟と一緒だからな」

「まぁ、そりゃあそうか」


 肩をすくめて、なおも苦笑し続けるグランジに、笑い事じゃないと怒鳴りつけたい気分だ。こいつはどうやら俺を、ギルドとハリュー姉弟の橋渡しにする腹のようだが、あの姉弟と円滑な関係を築くというのが、どれだけの偉業なのかをいまいちわかっていないところがある。さっさと、ジーガに頭を下げて取次ぎを頼んだ方が早いという事に気付け。

 などと、心中で眼前のギルマスを罵りつつも、当然ながらただの下っ端である俺がそんな事を口に出せるはずもない。代わりに、昨夜のラスタたちとハリュー姉弟との諍いについてと、現在のハリュー家がおかれている状況について話す。特に、ホープダイヤを付け狙う輩についてだ。


「――とまぁ、そんなわけだ。ハリュー姉弟相手じゃ、あのラスタたちですら赤子のようにあしらわれてたぜ」

「然もありなん。ダンジョンの主の話はともかく、竜種も階層ボスも倒しちまう姉弟を相手にするにゃあ、あいつらはまだまだ力不足だろう。まぁ、ラスタたち【金生みの指輪アンドヴァラナウト】の連中は、最近目に余る調子の乗り方をしていたからな。伸びきった鼻っ柱を折る、いい薬にはなっただろうよ」

「あれもなぁ……」


 俺は昨夜の事を思い出しては、ソファの背もたれに体重を預けてから、天井を仰ぐ。

 上位の冒険者が幅を利かせて、新人冒険者から利益を搾取する。それは別に、珍しい光景ではない。勿論、褒められた行為ではないし、まともな連中は絶対にやらないが、誰もが駆け出しの頃には似たり寄ったりの経験をする。

 寝床を明け渡せ、くらいの事はむしろ穏当な要求とすらいえるだろう。場合によっては、苦労して倒した獲物を、あとから来た上位の冒険者に横取りされる事だってあるのだ。

 ラスタたちは、あくまで自分たちがその立場に取って代わったと思っていたのだ。誰だって、雨中を抜けてきた先で、さらに雨ざらしのような環境で、野営なんざしたくはない。

 それでも、先客がいたなら諦めるしかない。だがそれが、見るからに駆け出しだったら……。経験豊富で才能もある自分たちが、寒さに凍えながら野営をしなければならない側らで、駆け出しが雨風をしのげるような寝床を得る。自分たちが駆け出しの頃には、上位冒険者が理不尽に割のいい狩り場や野営地、ときには苦労して狩った獲物まで横取りされていたのを思えば、面白くない話だろう。

 とはいえ、やはり普通の冒険者ならまず、新人にたかるような真似はしない。グランジの言う通り、ラスタたちは悪い方向に道を踏み外しかけていたのだ。できる事なら、今回の件で本当に立ち直ってもらいたいものだ。

 あんな経験は、彼らも二度とゴメンだろう。


「それで、ショーン・ハリューのダイヤの件だ。あれに関しちゃ、こっちも急ぎで冒険者どもに掣肘を加えている。もし本当に集団で盗賊紛いの事をしやがったら、こちらとしても盗賊団として扱うってな」

「なるほど。だが、肝心のエルナトもそれで止まるのか? セイブンさんの話じゃ、なかなか難しそうだって事だが……」

「それなんだよなぁ……」


 剣の天才を意味する【天剣】の異名をもつ、【幻の青金剛ホープ】のエルナト。彼の悪い噂は枚挙にいとまがない。才能があり、実績も残し、とんとん拍子で冒険者としての階級もあがったせいで、その傲慢さには歯止めというものを付ける機会を逸してしまったと噂される男。ラスタたちが、今回の事で反省せずに増長し続けるなら、いずれはそこまで行きつくのだろうという程に、傲岸不遜を絵に描いたような愚か者だ。

 なまじ才能があるだけに、エルナトには潰しが利く。もしも盗賊として手配書が出回っても、他国へ渡ってしまえばそんなものに頓着する必要はない。行き先は、帝国でも公国群でもいいのだ。なんなら、王冠領から離れるだけでも手配から逃れられるかも知れない。彼が他国に流れる損失を思えば、第二王国とてその罪に目を瞑る惧れはないではない。もしもホープダイヤが手に入るのなら、その利も含めて、目こぼしはあり得るのだ。


「……聞かないか?」

「……まぁ、聞くまいなぁ……」


 俺の問いに、疲れたようにため息を吐きつつこぼすグランジ。元上級冒険にして現支部長ギルマスの言葉すら聞かないのかと呆れたが、そうでもなければダンジョンで一級冒険者に突っかかりはしないかと、変に納得もしてしまう。


「じゃあ、近々ハリュー家は襲撃されると見て、間違いないんだな?」

「ああ。その規模はわからんが、【幻の青金剛ホープ】の連中はやりかねねえ。そもそも月に一度はどこかの誰かが襲撃する場所だからな。それ程目立たずに用意はできるだろうさ」

「……誰一人として、上手くいった試しはないんだがな。あの、ウル・ロッドですら……」

「それがわかってるヤツらなら、端っからこんな話に乗るかよ」


 吐き捨てるグランジに、俺も同意する。わからないバカだからこそ、それが自殺と同義の事であろうとも敢行するのだろう。


「だから問題は数なんだ。どれだけの冒険者が、そんなバカな真似に加わるか。そして何人が、生きて帰って来れるのか……。前者は冒険者及び冒険者ギルドの評判に、後者はモンスターの間引きに支障が生じる」


 ただでさえ、冒険者の社会的な足場は、あまり良くない。下級に大量に、中級にもかなりの数紛れているならず者たちは、冒険者そのものとギルドの評判を下げている。そこにきて、冒険者が主体となった大規模な襲撃事件ともなれば……。

 一般的な町の住人からしてみれば、町中に盗賊団が住んでいるようなものだ。住人としても、領主としても、看過できる話ではない。勿論、ギルドとしても面白くはないだろう。

 当然、阻止に全力で動くだろう。


「やはり、問題は規模か……?」

「そうだな。盗賊に身を窶すバカが、どれだけいるかだ」


 俺の問いに、苦虫を噛み潰すような顔で応じるグランジ。彼の本音としては、アホな事はやめて、地道に冒険者として仕事をしていろというところなのだろう。だがしかし、ホープダイヤの価値が彼らの判断を狂わせる。


「この際だ。ぶっちゃけたところをいうが、一〇〇人、二〇〇人程度の被害で収まるなら、大過はねえと思っている」


 人数が多く、ノルマの厳しい下級冒険者は勿論、中級冒険者とてモンスターの数を減らす為には、必要不可欠な存在だ。そこが大量に減ると、商人や農民たちがモンスターの被害を被る。その場合、スパイス街道のおこぼれにおんぶにだっこなこのアルタンの町そのものの収入に直結する話になってくる。

 それでも、二〇〇人までなら許容範囲という判断なのか。

 勿論、そんな難しい話は下っ端の俺には関係ない。だがそれでも、無辜の民がモンスターどもに蹂躙されるってのは、面白い話じゃない。冒険者としての矜持に悖る。


「問題は、一〇〇〇人二〇〇〇人消えた場合だ。流石にそこまでの数が殺されると、アルタン周辺のモンスター駆除には障りがある。全員下級だったとしてもだ」

「流石に、そこまでの人員を【幻の青金剛ホープ】だけで集めるのは無理だろ?」


 俺もグランジも、襲撃者どもがそれだけ大規模になると想定しても、ハリュー姉弟の身の危険に関しては言及しない。なんとなれば、悪徳奴隷商の奴隷部隊が一〇〇〇を超える大人数だったという噂だ。件の工房が、本当にあのおっかねえ扉の向こうにあるのなら、できなくはないだろう……。

 だが、いくら上級冒険者といっても、ただの四級冒険者パーティである【幻の青金剛ホープ】が、一〇〇〇人からの大人数を統率できるとは思えない。もっといえば、それだけの人数を町の中で動かすと、衛兵の目をごまかすのも不可能だ。

 ウル・ロッドの場合はまぁ、鼻薬だの脅しだので黙らせたのだろうが、流石に四級冒険者程度の権威では、衛兵に職務を放棄させるのは厳しいはずだ。


「相手が【幻の青金剛ホープ】だけなら、な……」


 苦々しくこぼすグランジ。ここにきて、さらに不安要素が増すような事は、できれば聞きたくないんだがなぁ……。



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