第28話 ボゥルタン王冠領
〈4〉
僕とグラは、地下へと戻って来てからも相談を続けていた。ただしその内容は、地上ではできないものに変わっている。
「それにしても、あの連中のせいで明日――では、もうないですね――今日行うはずだった、草原の視察が行えなかったのは業腹でしたね」
いつもの無表情ながら、僕には憤懣やる方ないように見えるグラが、空中に作りだした
グラはたぶん、疑似ダンジョンコアから自動でモンスターを生成する為のプログラムを組んでいるのだろう。まだ、あまり上手くいっていないからな。
「まぁ、天候が悪化した場合は延期する予定ではあったから、必ずしも連中のせいというわけではないんだけれどね。それでも、他人にスケジュールを乱されるのは、やっぱりイラっとするよね」
「ショーンのダンジョンを穿つ為の視察だったというのに……っ」
やはり、気にしているのはそこか。
僕とグラとで作ったこのダンジョンとは別に、僕のダンジョンを作る為の準備は着々と進んでいた。ラベージさんによる、冒険者の基礎教養修得を渡りに船とばかりに壁の外にでたのも、ダンジョンを作る為のロケハンが主な目的だった。
別にそんな疑いをかけられるとは思えないが、僕らが壁の外にでた途端、新たなダンジョンが見付かったという点に、懸念を抱く人物がいないとも限らない。僕らの正体が露見する危険は、できるだけ下げておくに如くはない。
雨が降って、雨中活動訓練になったのは予定外だったが。
「まぁ、どういった草原なのかは、なんとなく確認できたし、十分だよ。あとは、次にラベージさんと壁の外に行くまでのどこかで、実際にダンジョンを掘っておこうと思ってるんだ」
「ほう。思っていたよりも性急ですね。なにかあったのですか?」
少し驚いたような顔で、手を止めたグラが僕の方に向き直る。
「うん。僕のダンジョンの第一発見者を、ラベージさんに任せたいんだよね。お礼も兼ねて」
「お礼? 礼として、あの男にあなたのダンジョンの最初の犠牲者という、栄誉を与えようという事ですか?」
なんでそうなるの? 別にダンジョン側でも人間側でも、それを栄誉には思えないだろう。
「いや、生還させて、ギルドに情報を持って帰らせれば、冒険者としての実績になるでしょ? それ以外にもメリットはあるし」
「そういう事ですか」
僕らが発見すると、やはり正体が露見する危惧を孕む。そのリスクを、まるっとラベージさんに担ってもらおうというわけだ。ラベージさんなら、痛くもない腹を探られたところで、事実無根なのだから大丈夫だろう。
「彼は、僕らの計画に組み込んで、事を上手く運ぶ為に動いてもらおうと思っている。だから、できるだけ死なせたくないし、良好な関係を維持したい」
「……ふむ。だからあの場で、あの者の顔を立てたのですか?」
どうだろ。ぶっちゃけ、本気で【
「いまから、ラベージさんの代わりを探すのなんて怠いだろう? もしもギルドが代わりに寄越すのが、今日のあの連中みたいなのだったら、計画に組み込むのも面倒だし」
「そんな者が送られてきたなら、ギルドの方に送り返せばいいだけでしょう。我らはこの地を離れるつもりはないのですし」
「あー……、それはどうだろう……」
この地を離れないというグラの言葉に、僕は苦笑しつつ頭を掻く。その言葉に反応し、グラが今度は身を乗りだして迫ってきた。
「その発言の真意を教えてください。まさか、別にダンジョンを作る方法を見付けたから、独り立ちしようなどとは考えてませんよね? いくらそれが可能になったとはいえ、あなたの体は依代なのですよ? 生命力には上限があり、ダンジョンからエネルギーを変換する効率も悪い。ダンジョンコアと比べれば、非常に脆弱なのです。許しませんよ? そんな儚い身のうえで、独り立ちなんて! いえ、たとえそれらの問題が悉く片付いたところで、我々が離れる必然性がありません。一生一緒にいればいいではありませんか! あなたが他所に行くというのなら、私もダンジョンを放棄し、そこへ――」
「わー! グラ、落ち着いて! 大丈夫。僕はどこにも行かないから」
のべつ幕なしに、僕を引き留めようと語り始めたグラを慌てて止める。どんだけ独り立ちさせたくないんだよ。別にするつもりもないけどさ。
「僕が距離を取るって話じゃなく、僕らの規模が大きくなるって意味だよ。このまま中規模ダンジョン並みに深くなるなら、当然ダンジョン強度の面からも広くならざるを得ない。そうなれば当然、別の町にも関わりを持つ事があるかも知れない」
「……そう、ですか……。……なるほど。道理ですね。わざわざ、人間どもが作った国境に捉われる意味はありませんし、いっそネイデール帝国方面にダンジョンを延伸させますか?」
「それも面白そうではあるんだけれどねぇ」
僕らが拠点にしているアルタンの町は、ノドゥス・セクンドゥス王国――通称第二王国に属している、ゲラッシ伯爵領の町の一つだ。ゲラッシ伯爵領だけでも、アルタン、シタタン、サイタンのスパイス街道沿道の町の他、無数の村とウワタンという港町が一つ存在している。その先の北方はネイデール帝国であり、南に下れば王国直轄領の港湾都市ウェルタンだ。
どちらに向かうかと聞かれれば、距離的にも地理的にもウェルタン方面だろう。いやまぁ、帝国には海がなく、第二王国には海があるというだけで、そちらに気持ちが傾いているのは、僕の好みがある程度影響している感は否めないが……。
あるいは、東に向かってヴィラモラ辺境伯領のアンバー街道に合流するというのも、商売的には悪くないだろう。帝国に南方産の香辛料を届ける為に発展したスパイス街道よりも、大規模な交易の拠点となっているアンバー街道は、スパイス街道よりもはるかに発展した交易路だ。
そちらに進出すれば、かなりの儲けが見込めるはずだ。とはいえ、だからといってあまり気乗りはしないが……。そこまでお金に執着しているわけじゃないし……。
「ただまぁ、アンバー街道の方に行くと、宝石関連の入手が楽になるというのは魅力だよね」
「しかしそれは、港湾都市方面に延伸しても同じでしょう?」
「まぁ、たしかに」
ぶっちゃけ、アンバー街道で安く手に入るのは琥珀だけだ。【ヴァラモ回廊】で南のトルバ海と北のアリア海が繋がっているのだから、当然トルバ海に面しているウェルタンでも、入手はそれ程難しくない。アリア海経由の舶来品が多少割高なのは痛いが、そもそもアリア海に面しているのは、クロージエン公国群という、また別の国だ。そちらに向かうのも遠いうえ、非常に面倒な政治情勢の地域である。北にはあまり行きたくない。
「それになぁ、面倒というのなら、この辺りは既に十分面倒な地域だし、わざわざ他国まで足を延ばす意味はないんだよねぇ」
「そうなのですか?」
「うん。このアルタンが属しているゲラッシ伯爵領、アンバー街道と【ヴァラモの門】を有するヴィラモラ辺境伯領、フラウジッツ双伯爵領、クロージエン公爵領の一部が属しているのが【ボゥルタン王冠領】だ。ノドゥス・セクンドゥス王国の封土ではあるものの、かなり独立独歩の気風が強い地域なんだよ」
詳しく説明し始めると、第二王国の前身たる聖ボゥルタン王国や、現在のヴィラモラ辺境伯領である大ヴィラモラ王国とか、冗長な歴史の話になるので、ここは割愛しておこう。そのような複雑な経緯によって、この【ボゥルタン王冠領】に属している第二王国の領邦は、各々自治権を主張して王宮からの干渉を拒絶する事も多いらしい。
第二王国と帝国と公国群の間に、もう一つ国があるようなものだ。どうやら、王冠領を国にしようという動きもあるらしいし、それだけでもう、とても面倒臭い地域だというのがわかる。下手に国を跨ぐと、その面倒に巻き込まれかねない。
なお、ゲラッシ伯爵領は、例外的に第二王国の影響が強いらしいが、逆に王冠領内では影響力が低いようだ。
「そんなのに首を突っ込むのとか、面倒臭くない?」
「たしかに。人間どもの争いに巻き込まれるなど、反吐がでますね」
そんな理由で、僕らのダンジョンはウェルタン方面に拡張する事が決まった。久しぶりに、釣りがしたいなぁ……。
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