第27話 相談と相談

「ですが、流石に少々過激すぎる名称では? 教会が問題視するようですと、最悪の場合お家の取り潰しすらあり得るかも知れませんよ?」


 ザカリーとしては、教会とやらからの介入は、最低限に抑えたいのだろう。外聞の悪さだって、ウチは既にかなりのものだ。家令である彼が、これ以上の悪化を恐れるのは理解できる。

 僕だって別に、教会とやらに無暗矢鱈に楯突きたいわけではない。だが、それとこれとは話が別なのだ。


「まぁ、人前で使う事はまずないし、名前にビビってくれるなら、それはそれで御の字っていう幻術なんだよ。ここで、他者に配慮して穏健な名称にして、いざってときに相手を倒せなければ、僕が死んでしまう」

「それは由々しき事態ですね……」

「もっといえば、『詠唱』は術式における重要なプロセスだ。これを弄るというのは、一度完成させた理の組み合わせを、一からやり直すに等しい。ただでさえ、まだまだスマート化しないといけない段階だというのに、他所様の顔色を窺って一からやり直す余裕なんてないよ」


『国家安康』が気に入らないと言われたところで、それが精密に組み上げた回路の一部なのであれば、やり直しなんて利かないのだ。第一、南禅寺の鐘は徳川幕府開府後も残されたのだから、結局あれはイチャモンでしかなかったのだ。

 現状で、せっかく組みあげた【死を想えメメントモリ】のプロパティを、良く知らない教会とやらの為に、余計な仕様変更なんて冗談じゃない。勿論、これから術式を洗練させていくにあたって、プロセスを弄り『詠唱』や術式名を改変する事はあるのかも知れない。だがそれは、あくまでも術そのものの使い勝手を改良する為であって、誰かから影響を受けたからなどという事では、絶対にあり得ない。

 でもまぁ【怒りは束の間の精神病イーラフロルブレウィスエスト】の詠唱は、流石にもう少しコンパクトにしたいよねぇ。でもなぁ……。この術式もまた、結構弄りずらいんだよ。既に、かなりグラが軽量化したあとだし……。

 そんな事を考えていたら、僕とザカリーとの会話に、珍しくグラが割り込んできた。彼女は、僕が他人と話しているときには、結構静かにしている事が多い。たぶん、人間と話したくないからだろう。だが、どうやら今回は、不快さが勝ったらしい。


「【死を想えメメントモリ】はショーンが一から作りあげた、ダンジョン、の主すらも倒した幻術です。幻術としては破格の殺傷能力であり、外傷や生命力の残量に因らない、画期的というにもあまりに革新的な代物。理論上は、どれだけ強い相手――人間以外の、膨大な生命力を誇る生物すらも殺し得る、必殺の術式です。これ程までのものに手を加えて形骸化させるなど、あまりにも愚か。ショーンのしもべであるお前が、口出しをする事ではないのです」

「はっ、従僕の身を弁えず差し出がましい事を申しましたる事、誠に申し訳ございませんでした」

「フン」


 即座に腰を折るザカリーに、それ以上文句を言うでもなく鼻を鳴らすグラ。

 まぁ、グラが褒めたように、いいとこばかりの幻術じゃないんだけどね。相手に強制的にチキンレースを挑んで、どちらが先に死ぬかを競うだけだ。それを、よくもまぁそこまで分厚いオブラートに包めるものだと、逆に感心してしまう。

 それにたぶん、ザカリーが危惧したのは【死の女神モルス】の方だと思うけどね。ザカリーが言う教会とやらが、どんな宗教なのかは知らないけれど、勝手に神を名乗られたら面倒が起こるのは火を見るよりも明らかだ。

 やはり、軽々に人前で使うべきではないし、使うなら装具にした【曼殊沙華】で発動させるのが無難だ。やはり、外部の魔力で発動できる装具化は必須だな。

 問題は、とどめ用の術式は【死の女神モルス】だけじゃないって点なんだけれど……。


「終わりました。このあとは、どうなさいますか? もしも食事を摂られるなら、簡単なものであればご用意できますが……」


 などと考えていたら、いつの間にか着替えが終わっていた。下着は濡れていなかったから簡単に済んだけど、やっぱり着替えくらい一人でやりたいものだ。お礼を言う間もなく、冒険者用の服を持って下がっていく使用人たちに手を振ってから、ザカリーの質問に答える。


「わざわざ竈に火を入れて? 流石にそこまでする必要はないよ。温かいお茶だけ用意してちょうだい」

「かしこまりました」

「あ、ラベージさんにも持ってってあげて。あと、ちょっと落ち込んでるだろうから、相談にも乗ってあげて欲しい」

「なるほど。それでは、のちのちお伺いいたしましょう」


 頭を下げるザカリーに頷くと、グラと【曼殊沙華】や【沈黙】、その他の幻術についても話を続けた。

 ちなみに、ウチの厨房には給湯器とほぼほぼ同じ機能を有する、グラ製の装具があるので、竈の火を落としたあとでもお湯だけは用意できる。便利ではあるのだが、普段のこの時間、僕らはずっと地下にいるので、あまり利用する事はなかった為、もっぱら使用人たち用として使われていた。

 僕らは別にいいのだが、最初の頃はザカリーが非常に恐縮して、あまり使おうとしなかった。キュプタス爺などは、竈に火がある昼間であろうと、気にせず使っていたが。


 ●○●


「はぁぁぁ……」


 やっちまった……。いまでも、どうして俺を追放したラスタたちの為に、ハリュー姉弟の不興を買う恐れもあったのに、連中の命乞いなんてしたのか自分でも良くわからない。それでも、あそこであいつらに死んで欲しくないと思ったら、ついつい口を挟んでしまっていた……。

 やべぇ……。

 俺はフカフカのベッドに突っ伏すと、柔らかいマットに何度も頭突きして恐怖を紛らわせようとする。勿論、そんなのはなんの気休めにもならない。

 グラ様は勿論、ショーン・ハリューとて決して甘い人ではない。味方や友好関係にある相手には、それなりに気を使ってくれるが、敵対者には一切の容赦がない。それは、昨日の時点でわかっていたはずだ。

 だのに俺は、警戒されて当然の行動を取ってしまった。グラ様など、もはや半分くらいは、俺の事を敵だと認識しているかも知れない。

 ハリュー姉弟を敵に回すという事は、ウル・ロッドを敵に回すも同然だ。【雷神の力帯メギンギョルド】も、俺をどう思うか。グランジのヤツすら、庇ってはくれないだろう……。

 そうなればもう、俺の命など風前の灯よりも儚いものでしかない。

 懊悩しつつベッドでのたうち回っていたら、コンコンと扉がノックされた。こんな時間に誰だろうと誰何すれば、どうやら家令のザカリーらしい。入室を許可すると、彼と一緒に眠そうな執事のジーガも現れた。


「ど、どうも……」


 昨日一日一緒に行動した仲ではあるが、それ程親しくなった覚えはない。そんな相手が、どうして今時分自分を訪ねてきたのか、首を傾げつつも挨拶をした。


「ああ、どうも。なんでも、なんか下手こいたんだって?」

「あぐ……っ」


 一切歯に衣着せぬジーガの第一声に、思わず呻吟する。ジーガは適当に手を挙げつつ、こちらの許可も求めずに備え付けのテーブルの椅子に座った。

 こういうところが、この家の中ではジーガに親近感を覚えるところだ。どこか俺たちと同じ匂いを纏っているというか、庶民的というか……。ザカリーやディエゴなどは、あまりにもカッチリしすぎていて、いかにも使用人という感じで、とっつきにくい。ハリュー姉弟や【雷神の力帯メギンギョルド】の二人なんかは、それ以上に超俗的で畏れ多いので、また別だが。

 俺とジーガの様子に苦笑するザカリーが、ワゴンを押して入室しながら穏やかな口調でこの状況を説明する。


「ショーン様が、自分よりも話しやすいだろうと、我々を遣わしました。ご迷惑でなければ、少々お話を聞かせていただけませんか? ああ、温かいお茶などいかがでしょう。体が冷えているでしょう?」

「ハハハ。冷えてるのは、体よりも肝だよなぁ?」


 せっかくザカリーが歯に着せた衣を、無思慮に脱がせて笑うジーガ。普通、使用人ともなれば、客を不快にする可能性のある言動を慎むものだ。だがやはり、こういう軽口を叩くところが、まるで馴染みの酒場にでもいるようで、正直落ち着く……。


「ま、旦那は敵には徹底的に厳しいが、一度懐に飛び込んだ窮鳥にはかなり甘い。そんなに心配せず、なにがあったか聞かせてくれよ。こうして俺たちを遣わした時点で、そこまで気にしてねえって事だろうしな」


 ジーガに言われて、たしかにこうして気を使ってもらっている以上は、ショーン・ハリューは本当に遺恨にするつもりはないのだろう。少しだけ胸のつかえがおりた思いだ。俺の、この懊悩さえもお見通しといわんばかりのこんな気遣いに、あの少年に見当違いの反感も、少々覚えてしまうが、それはお門違いというものだろう。

 それから俺は、訥々と今日の出来事を二人に相談した。



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