第26話 お着替え

「あの……、なんかすごい悲鳴が聞こえたんですが……」


【門】の先で、真っ先に目に付いたのは我が家の【地獄門】だった。流石にちょっとビックリした。

 町から然程離れていないあの野営地からこの家までの距離であれば、【門】で繋げてもそれ程魔力消費は大きくないのだろう。三人も転移させたというのに、グラは平然とした顔で僕を出迎えてくれる。

 だが、ラベージさんの方は、顔を土気色にして待ち構えていた。もしかしたら、僕がラベージさんを先に行かせてから、彼らを始末してきたと思っているのかも知れない。

 僕は、自分でも少々胡散臭く思えるような笑顔を浮かべて、不安そうな彼に応える。


「約束を違えるつもりはありませんよ。さっきのはホラ、まだ起きていなかった生意気少年君の目を覚ましてあげただけの、親切心ですよ?」


 などと白々しく嘯いておく。当然ながら、ラベージさんの顔色は晴れない。


「大丈夫。あの幻術単体で、人が死ぬ事はまずありませんから。くらいしか、使い道がない代物ですよ。ちょっとした意趣返しというか、腹癒せですね。せっかく時間を捻出して行った雨中野営訓練が、台無しですから」


 僕がそう言うと、ようやくホッと胸を撫でおろすようにしてから、ハッとしたように申し訳なさそうな顔でこちらを見るラベージさん。情緒が不安定だな。


「あ……。その、本当に俺のワガママで……すんません……」

「構いませんよ。その代わり、本当に二度目はありませんからね? その事をあなたもきちんと肝に銘じておいてください」

「はい……」


 今度は落ち込むように肩を落とすラベージさん。これ以上、僕がなにを言って慰めても気休めにしかならないかな。そうだな……。歳の近いジーガや、人生経験豊富そうなザカリーに相談相手になってもらおう。子供の姿の僕に話すより、きっと気安く悩みを打ち明けられるだろう。


「【曼殊沙華】の試運転もしてきたのですね。どうでした?」

「起動や効果そのものには、特に問題なし。ただやっぱり『詠唱』の長さと、アクセサリーそのものの大きさがネックかな。これ一つで、防具一個分の支援バフがなくなるのは痛いよ」

「なるほど、たしかに」


 僕はそう言って、雨具を脱いでから竜のカフを見せる。普段は前腕部のヴァンブレイスが装備されている部分には、いまはシャツが捲られて腕に巻き付く竜のカフという、小学校高学年男子の心をがっちり鷲掴みしそうなアクセサリーがあるのみだ。

 装具と装具が接触していると、接触部の理が干渉し合って効力を発揮しなくなるか、最悪壊れてしまう。なので、装具は接触させないように身に付けるのが基本だ。指輪も、親指、中指、小指に装着している。

 そして、僕らの装備品は基本的にグラが装具化しいた為、この【曼殊沙華】装着時は外さないといけない。


「マジックアイテム化していない装備に換装する?」

「いっそ、曼殊沙華を防具にしてしまっては?」

「でもなぁ、ぶっちゃけ曼殊沙華に付与した術式って幻術ありきのものだから、そこまで使用頻度高くないじゃん。それなら、いつもの汎用性の高い防具でいいと思うんだよね」

「それはたしかに……。しかし、前回使用時の反省としてアレ用の幻術は、装――マジックアイテムとしておいた方がいいと思うのです」

「それもまた、たしかに……。魔力が使えない、もしくは足りない状況でも、安定的に使えないと困る……」


 ただでさえ【死を想えメメントモリ】は、時間も魔力も大食いの術式だ。前回のバスガル戦で、もしも【死の女神モルス】がマジックアイテムだったら、もっと楽に、あの竜型ダンジョンコアにとどめを刺せていただろう。

 そうはいっても、戦闘においてはできるだけ身体能力を底上げしておきたい。だが、アクセサリーが付けられる部位もまた有限だ。防具とアクセサリーの取捨選択か……。本当にゲームじみてきたな……。

 勿論、装具化していない防具の下に、アクセサリーを装備する事もできるのだが、この場合取捨選択しているのは、防具かアクセサリーかではなく、支援バフ妨害デバフかであって、物がどちらであるのかは重要じゃない。

 あと、一緒に装備すると、物によっては防具に阻まれてしまう事もあるだろう。防具とアクセサリーの間で術が暴発されても困る。逆に、装具としては肌に接触していないと発動しないものもある。このあたりの、仕様の差異は少し面倒臭いが、まぁそれこそゲームじゃないのだから当然である。


「いっそサークレットやティアラ的なものにしてしまおうか。大きさ的にも、そっちの方が――」

「失礼しますショーン様。いつまでも濡れたお召し物のままでは、お風邪を召してしまいます。お着替えを始めさせていただいても?」

「あ、ザカリー」


 いつの間にかエントランスホールには、ザカリーを始めとした使用人たちが五人程集まってきていた。どうやら、休んでいたところに僕らが帰ってきたのを察して、でてきたようだ。寝静まる程夜も更けてなかっただろうから、起こしてしまったという事もないだろうが、予定外の事態で驚かせただろう。

 一見柔和な表情でこちらを覗き込んでくるザカリーの顔には『仕事をさせろ』と書いており、少しだけ気圧される思いだ。


「ごめん、事情があって予定が狂ったんだ。君たちは、ラベージさんの着替えをしてあげて。僕らは下に戻って――」

「戻られてから、いまのようにお二人でずっと立ち話をされる光景が、ありありと目に浮かんできますな。お二人が着替えてからでなければこのザカリー、安心して床に就けません。ショーン様とグラ様はこちらに。お前たち、ラベージ様を彼の客室にお連れして、お着替えを手伝ってさしあげなさい」

「ちょ、俺は一人で着替えられ――」

「かしこまりました、ザカリー様」

「おい!? 聞けって!」


 諦めるんだ、ラベージさん。僕だって、着替えくらい自分でできるのに、いまや地上では手伝われるのがデフォなんだから。僕とグラも別室に案内されるが、そこからさらにグラを隣室に移動させようとした使用人に、我が姉はとんでもない事を言い放った。


「私はここで着替えます。ショーンと別の部屋で着替える理由がありません」


 いやまぁ、たしかに普段から僕の前でも頓着せずに着替えるグラだが、世間体としてそれはどうよ、という思いがある。ただ、ちょっと安心したのは、ラベージさんとは更衣室を分ける理由があると認識していた点だ。もしかしたら、誰がいても全裸になる行為に羞恥心なんて覚えないのかと、ちょっと危惧していたのだ。

 どうするのか無言の視線で窺ってくる使用人たちに、仕方ないとばかりに肩をすくめる仕草で応じる。ここで変に拘泥しても、グラが不機嫌になるだけで時間のロスだ。僕らは二人向き合いながら、両手を水平に伸ばして着替えを使用人たちに任せる。


「先の続きですが、やはり【死を想えメメントモリ】を使ったのちに、己の魔力に因らない手段で、とどめ用の術式を使えるメリットは大きいはずです。場合によっては、併用も可能でしょう」

「可能不可能でいえば可能だろうけど、併用は無理。お膳立てとして、相手にを実感させていないと、人間やそれ以上の知性がある相手には効果が見込めない。【死の女神モルス】はあくまでも、最後の一押し。断崖まで進んだ相手の背を、ちょんと押す効果しかないんだ。使うタイミングは、吟味しないと無駄打ちになりかねない」

「そうですね……。ですが、やはり【死を想えメメントモリ】の影響下に自分もおかれる前提であれば、マジックアイテム化しておくことは無意味ではありません」

「それには僕も同意。安定的に使えると便利だよね。小型化は無理なの?」

「ただの【幻影プセヴデスシシス】であれば、指輪やイヤリングレベルにまで術式を畳めるとは思うのですが、【死の女神モルス】は他にも様々な要素が組み込まれた、オリジナルですからね。あとは、素材の品質をあげれば、なんとか……といったところでしょうか」

「そっか」


 たしかに触覚を誤魔化したり、より恐怖を煽れるように手を加えた幻術だからな。実体こそ、お化け屋敷の延長線上に過ぎないとはいえ、あれを効果を維持したままコンパクトにするのは骨だろう。

 素材の品質といっても、既に白金と黒瑪瑙という、それなりにリソースの見込めるものを使ってなお、あの大きさなのだ。それ以上の品質というのは、なかなか難しい。それこそ、王侯貴族用の宝石などを取り寄せなければならず、流石にそこまでの資金力は、それなりの富貴層になりつつ我が家にもない。

 はぁ……、システムエンジニアでも呼んできたい気分だ。いや、根本が違うから、本当に呼んできたところで、役に立つとは思えないが……。いってしまえば、電子レンジと炊飯器と、ついでに食洗器まで一緒にしたものを、既存の電子レンジサイズにしようとしているようなものだ。かなり無理がある。


「ショーン様」

「うん?」

「その【死を想え】や【死の女神】というのは、なんなのでしょう? 非常に物騒な響きなのですが……」


 顔色を蒼白にして問いかけてくるザカリー。信心深いこの世界の住人にとっては、流石に刺激的すぎる名称だったようだ。まぁ、それを言ったら僕の【白昼夢の悪魔】だって大概だが……。


「僕の作ったオリジナルの術式の名称。あまり吹聴しないでね?」

「な、なるほど……。もしかして、ラベージ様がおられるときに名称を伏せていたのは……――」


 恐る恐る訊ねてくるザカリーに、無言で頷く。彼は僕らの身内ではない。隠しておくべき事は、隠しておかねばならないのだ。その辺は、親しき中にも礼儀ありと同じく、一線を画しておかねばならない。



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