第48話 暗躍する男

 ●○●


「誰か来るな」


 レヴンの言葉にそちらを見れば、彼は透明な壁の向こうにある通路を窺っているようだった。その視線の先には、たしかに二人の男を連れた、壮年の男性が、悠々とこちらに進んできているところだった。


「さっきまで、コソコソ尾行しているだけだったのに……」

「いい加減バレてると思って、堂々と接触してきたじゃんじゃねえか? その方が、アンタたちに対する心証もいいしな」


 たしかに。チョロチョロ尾け回されるよりかは、堂々と接触してもらった方が僕らとしてもまだ気分は悪くない。なにより、彼らに解散してもらわないと、いつまで経ってもゴルディスケイルのダンジョンコアとの接触が叶わない。


「――っておいおい!? ありゃ、ランブルック・タチ本人じゃねえかッ!?」

「え? あの人が、帝国の影の巨人【暗がりの手ドゥンケルハイト】さん?」


 言われてみれば、なんというか威厳が漂ってくるような、厳めしい印象の人だ。濃い灰色の短髪には、幾筋か白髪が混じっており、黄色の鋭い双眸は、まるで獲物を狙う鷹のようだ。


「そんな大物が、なんだってこんな堂々と?」

「知らねえよ。もしかしたら、ここで俺たちを一網打尽にするつもりか? もしそうなら、目撃者もほとんどいねぇし……」


 たしかに。だとすれば、僕らが人目を避ける為に四層に赴いたのは、彼らにとっても好都合だったという事になる。


「どうすんだ? 言っとくけど、俺は戦闘面ではそれ程優秀じゃねえぞ? 精々、中級冒険者に毛の生えた程度だと思っておいてくれ」


 レヴンの、モンスターとしては頼りない言葉に、しかし僕とグラは納得の顔をする。流石に、このレベルの潜入工作を担うモンスターが、戦闘までこなせるという事はないらしい。

 まぁ、そりゃそうだ。そつなく斥候技術を修めているというだけでも、かなりのものだと思うのに、戦闘までこなされてはダンジョンコア及び疑似ダンジョンコアとして立つ瀬がない。


「戦闘になるようでしたら、それは僕らが担いますよ。まぁでも、あの様子ならそこまで心配いらない、とは思いますがね……」


 端から戦闘をするつもりであれば、ああもゆっくりと近付いてくる事はあるまい。どちらかといえば、こちらに迎撃の準備をさせないよう、急襲するはずだ。まぁ、あえて油断を誘っているのかも知れないが……。


「やぁ、どうも」


 やがて、影の大物であるタチさんが、僕らの前に現れた。まるで旧来の友人のように、気軽な挨拶だった。


「どうも。初めまして」


 代表して、僕が応える。その厳めしい印象からのギャップに、声が上擦っていないか心配になるくらい、ちょっと動揺していた。

 対人能力の高さは、流石は一流のスパイという事なのだろうか?


「私はランブルック・タチと申します。既にご存知かとは思いますが、ハリュー姉弟のお二人には、ご挨拶を申しあげたいと思いまして、こうしてお伺いさせていただきました。ああ、勿論、特級冒険者であるレヴン殿とも、よしみを持てるならば、それに越した事はないと思っています」

「そうですか。申し遅れました。僕はショーン・ハリュー。こちらが姉のグラ・ハリューです」

「レヴンです」


 僕ら三人が自己紹介を終えても、タチさんの後ろに控えている二人は名乗らないようだ。どうやら、彼の従者という事らしい。


「早速で申し訳ないのですが、予めお断りを。我々は、あなた方が予想しておられるような、引き抜きの為に接触を図ったわけではありません。他の連中は、それが目的であるのは事実でしょうがね」

「はぁ……」


 いやまぁ、たしかにあのヴェルヴェルデ大公の使いの目的は、僕ら姉弟を自陣営に引き込む為だという予想はあった。だが、流石に帝国所属のこの人が、僕らを引き抜こうとしているとは、別に考えていなかった。

 正直、なんでこの人が開口一番こんな事を言い始めたのか、首を傾げる思いだ。

 そんな僕らの疑問に頓着せず、タチさんは言葉を続ける。


「我々は、あなた方の動向に、非常に注目しています。理由は、あなた方が帝国の脅威とならないかの危惧と、もしもそうなった際に、正確にその戦力を分析する為の偵察が主な目的です」

「そうですか。……ま、まぁ、当然の心配かとは思います」


 あまりに明け透けに、自分の目的を吐露するタチさんに、僕はレヴンと顔を見合わせてから、なんとかそう返す。

 実際問題、彼の言葉は本当なのだろう。僕ら姉弟の存在が、帝国にとってどの程度の脅威なのか、それを調べるのは当然の措置といえる。まぁ、コソコソと調べられるのは印象が悪いとはいえ、向こうだって国益や、最悪国の存亡にも関わってくる事柄だ。なおざりにはできまい。


「我々としては、できる事ならお二人と相争うような関係にはなりたくないと思っています。もしも、第二王国と争う事になったとしても、です」

「第二王国と争う可能性があるのですか?」


 僕の質問に、タチさんはゆるゆると首を左右に振る。


「いいえ。帝国としては、第二王国との正面衝突は、できれば避けたいと考えています。しかしながら、領袖の皆様の目は、どうやら南方の海に向いておるようで。とはいえ、いくらトルバ海を得たいといっても、第二王国と争ってまで得たいとは思っていないでしょう。帝国貴族が狙っているのは、ベルトルッチ平野の海です」


 ふぅむ。なるほど。まぁ、一度得た事のある土地だしねぇ。このランブルック・タチさんも、その対ナベニ共和国戦で暗躍した影の巨人だ。

 とはいえ、一度得た土地を再び得ようとするという事は、一度失ったという事だ。そして、その原因は別に、現時点でも改善されていない。あのグラですら、ウワタンからゴルディスケイル島までの通信すら飛ばせないのだから、飛び地になるナベニ共和圏の占領政策は、やはりこの時代では難しいものがあるのだろう。


「ですが、我が国が海を得れば、当然ながら我が国が第二王国から得てきた交易品の多くを、独自に得られる事になります。それを良しとしない第二王国の勢力は、帝国がナベニ共和圏を侵すのを、座視はしないでしょう」


 なるほど。でもまぁ、座視する可能性もそれなりにあるよね。だって、一度失敗しているし、今度もまた失敗するだろうって思っていれば、わざわざ動いて帝国の侵攻を阻む程の動きを見せるか? いや、この人たちにとっては、少しでもその可能性があるのが嫌なのか。万が一にも、この件に第二王国が関与する余地を残したくないという意思が、ありありと窺える。そして、その万が一の事態が起こった際にも、万々が一にも僕らが帝国の脅威にならないよう、こうして手回しをしている、と。

 なんとも芸の細かい人だ。帝国の影の巨人と呼ばれるだけの事はある。実際、僕らに命を懸けてまで、第二王国に義理立てするような忠誠心などない。冒険者は、ダンジョン及び野生モンスターの増加を防ぐという名目での、徴兵免除特権が認められている。それ故の根回しだろう。

 そういえば、先の暴動騒ぎを起こした【扇動者】たちの主眼も、ゲラッシ伯爵領で騒動を起こす事によって、第二王国全体が対帝国に対する動きを鈍らせるのが目的だったという。

 そうだ。【扇動者】の中には帝国の間者も混ざっていたのだから、この人の手も入っていたと考えるのが自然だ。だとすれば僕は、この人に文句の一つ二つは言ってもいい立場ではなかろうか。

 ま、別にいいけどさ。



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