第49話 悪魔の誘惑

「当然ながら、我々ができる範囲で、ご姉弟を支援する用意はあります。パティパティア以西の特産に関しては、あなた方がお付き合いをしているカベラ商業ギルドでも扱えない品がいくつかあるでしょう? 帝国内で取引されているものであれば、貴族待遇で優先的に取り引きできるよう、取り計らいましょう」


 おっと、ここにきてメリットの提示か。流石に、なんもなしで『あれしてこれして』なんて、適当な仕事をする人じゃないわな。あのヴェルヴェルデ大公の使いとは大違いだ。まぁ、あの人の場合は結局、僕らに対して要求を口にしなかったけどさ。

 貴族待遇という事は、ネイデール帝室優先ではあるものの、希少な品でも金さえ払えば手に入れられるという意味だ。いまの僕らの立場からすると、第二王国や王冠領よりも好待遇であるのは間違いない。

 本当に僅少な品というのは、市場に出回らず、またいくらお金を積んでも手に入らないからね。討伐されたダンジョンの主のコアなんかがそうだ。……いや、ダンジョンの主のコアは、流石に国が優先だろうか……。いくらなんでも、国外には流してくれまい……。


「……それはまた、随分と魅力的なご提案ですね」


 なんとか、即応諾しそうになったところを、そう言って韜晦する。ダンジョンの主のコアが手に入るならまだしも、望み薄であるのなら魅力は半減する。そう自分に言い聞かせつつ、ポーカーフェイスを保つ。


「それくらい、帝国はあなた方姉弟を敵に回したくないのです。それだけ恐れている、という事でもあります。幻術というものを、戦力として想定していない我々が、あなた方を敵に回すような事態は、まさに千荊万棘せんけいばんきょく。甚大な被害を被る惧れがある以上、そんな相手は、利益を供与してでも敵対を回避するのが当然の道理です。いくらでも上を説得できますし、反対の意見を潰すのも容易い」


 淡々と述べるタチさん。その論は納得のいくものだ。たしかに、人類社会における幻術って、あまり軍用として発展している印象はない。医療面、魔導術面、契約面、悪用面で、そこそこ独自の発展をしているが、理に毛の生えた程度の術式というイメージだ。

 ぶっちゃけ、幻術という分野全体では、ダンジョン勢の方が一歩も二歩もリードしている。それは恐らく、ダンジョンコアにとって幻術が、ダンジョンそのものやモンスターの根幹において、非常に密接に関わってくる技術だからだ。

 まぁ、だからこそこちらも、対人用として発展しているとは言い難いんだけれどね。そこを、僕がいいトコ取りしているから、他人から見ると評価されているって部分はある。

 とはいえ、人類側もダンジョン側も、僕の知らない独自の奥の手を隠している可能性はあるけどさ。


「……なるほど。あなた方が、僕らに接触を図った理由については、理解できました」

「ありがとうございます」


 お礼を言われるような事じゃない。それを理解しただけで、僕はまだその意図を汲んで、協力するとは決めていないのだから。

 僕は一歩、足を踏み出す。この行為の意味は、グラとレヴン――つまり、ダンジョン側の二人をここからの会話に入れない為だ。グラはともかく、レヴンにもこれで伝わっているといいが……。


「僕ら姉弟にとっても、悪い話ではなさそうです」

「はい」


 人当たりの良さそうな表情で微笑むタチさん。だが、その鷹のような目がちっとも笑っていない。僕がまだ、彼らからの協力要請に対して、なにも明言していないという点に気付いているのだろう。


「いくつか、帝国のスタンスについてお聞きしても?」

「ええ。私に答えられる範囲の質問であれば」


 タチさんが柔和な表情を引っ込め、神妙な顔付きで頷く。ここが正念場だと思っているのだろう。その通り。


「帝国は、第二王国とは、積極的に争うつもりはない。むしろ、対立回避の為にはそれなりに積極的であると、考えてよろしいでしょうか?」

「はい。その通りです」


 タチさんはここは話の枕だと思ったのか、特に気負う事もなく、淡々と答える。だが、聞きたかったのはその答えで八割方聞けたようなものだ。


「ベルトルッチ平野の占領地域を、長期的に維持管理できる方策を、帝国は有していますか?」

「流石にそれは、お答えできかねますね。なにより、政治に関する事柄を、いち間諜である私が明言するべきでも、できるものでもございません」


 よく言うよ。以前の、帝国によるナベニ共和国侵攻の折りには、政治的にナベニ共和国をバラバラの自治共同体コムーネに分断しといて。とはいえ、言う事はもっともなので、僕は軽く肩をすくめるだけにとどめる。

 まぁ、こういうのは結局、どこだろうとやる事は変わらないだろう。総督府でも作って、忠誠心の高い将軍でも総督に任じて、強力な軍政を敷くというのが鉄板の流れだ。

 それでもやっぱり、本国との物理的な距離は、その総督府の維持ににおいては致命的だろう。第二王国がそれに完全に協力するというのならまだしも、帝国と第二王国は、そこまで緊密な間柄ではない。

 恐らくは、再び起きるであろう反乱を未然に防ぐ為に、総督府を強力な重石として抑圧するのだろうが、中世の民草というのは、それ以降の無辜の民とは毛色が違う。支配者が気に入らなければ、彼らは割と簡単に反旗を翻すし、自らの故郷の為なら死をも厭わぬ勇猛さで、騎士だろうが貴族だろうが平然とぶち殺す。

 これは洋の東西を問わず、地球の中世においては実際にあった話だ。日本で有名なのは、落ち武者狩りに殺された明智光秀だろうし、ヨーロッパなら金拍車の戦いがそのいい例だ。

 なにせ、主な兵力が徴兵する農民だったのが中世だ。農民は、イコールで兵士だったのである。自分たちが生きる為なら、簡単に大名とも争うのが中世の農民というもののあり方だ。豊臣秀吉だって、物騒な農民たちから力を削いで、気軽に一揆だの村同士の殺し合いが起きないよう、刀狩りをしたわけだしね。

 いまのままでは、恐らくは帝国の占領政策とて、先の二の舞だ。そして、たしかにタチさんの言う通り、現場の彼らにとって占領後の政策なんぞは関知するものではないのだろうが、然りとて不安を覚えていないわけではないだろう。

 僕はニヤ付きそうになる口元を必死に結びながら、努めて真剣な声音を作って話しかける。


「もしも、妖精金貨十万枚でどうします?」



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