第50話 売国商談

 この発言には、流石のタチさんも面食らった様子だった。背後でレヴンが動こうとした気配があったが、恐らくグラが止めてくれたのだろう。


「それは……――どういう意味の言葉ですか?」


 僕の言葉を、半信半疑どころか、九割方疑っているような調子で問いかけてくるタチさんに、苦笑しつつ頭を掻く。


「えっと、そのままの意味ではあるんですけれど……。実はこの話、まだ研究途中で実現可能かどうかは、不透明だったりするんですよね」

「研究……? それは、幻術の?」

「いえ、ダンジョン学の方の研究です。姉は【魔術】全般の研究者ですが、僕のメインはダンジョンの研究ですから」


 その情報も得ていたのだろう。タチさんは僕の言葉に納得顔をして、話を促してくる。


「実は、ダンジョン性エネルギーの研究をしていたら、ダンジョンを再現する事が可能になったんです。とはいえ、その状態を維持する為の技術は確立していないんですが……」

「なるほど。その技術で、パティパティアを貫通する坑道トンネルを作り、帝国とナベニ共和圏をつなげる、と?」

「はい。その通りです」


 僕の答えに、なにやら考え込み始めたタチさん。ややあって、その鷹のような瞳がギロリと僕に向けられ、思わず背筋が伸びる。


「維持する為の技術、とは?」

「知っての通り、ダンジョンの壁は非常に頑丈です。この技術で再現した壁もまた、かなりの強度であるのは同じです。ダンジョンと同等であるのかどうかは、まぁ、今後の研究でわかってくるでしょう。ですが、その状態を維持する技術が未だなく、現段階ではダンジョンの主を討ったあとのダンジョンのように、ダンジョン性エネルギー――僕らはDPと呼んでいるエネルギーの希薄化に伴い、ダンジョン化した壁が脆くなってしまうという問題点が残っているんです。いまのところ、この問題の解決策が、定期的に人力でダンジョン化し続けるしかないんですよね」


 まぁ、最低限疑似ダンジョンコアがないと、ダンジョンなんて作れないし、維持も無理なんだけどね。研究もなにも、こちとら端からダンジョンは作れたし、ダンジョンの情報だから研究成果とか発表するつもりはないんだけどさ。

 でも、例のダンジョン性エネルギーを感知するマジックアイテムにひっかかった際に言い訳をする為にも、この研究をしてた事にしときたいんだよね。万が一、僕らの知らない間にそのマジックアイテムを使われた際にも、これで最悪の事態だけは回避できると思う。


「なるほど。その研究を、帝国の為に使っていただけると?」

「帝国の為というか、よりこの技術を欲している相手に、高値で売りつけようと思っているだけです。研究を続ける為にも、資金が必要ですから」

「なるほど……。なるほど……。ふむ……、なるほど……」


 カツカツと足音を響かせながら、同じ場所をぐるぐると回り始めたタチさん。予想外の提案に、本格的に考え込み始めたらしい。うん。なにかを悩むとき、室内であろうと歩き始める人っているよね。ウチの、大きい方の姉もそうだった。


「いうまでもないですが――……」


 僕はそう前置きしてから、なおもセールストークを続ける。なにせ、妖精金貨十万枚の商談だ。手を抜く蓋然性がない。


「帝国=ナベニ共和圏が直通になれば、ゲラッシ伯爵領にあるパティパティアの峠道に依存せずに、ナベニ共和圏を侵略できます。交易は……まぁ、その道の重要度を思えば、一般に開放するわけにはいかないでしょうが、それでも帝国に必要なものであれば、物資の移動そのものは可能でしょう。塩、香辛料、その他の交易品を、そのトンネルで帝国に送るのは不可能ではないはずです」

「……ふむ」

「必然、スパイス街道の重要度は下ります。帝国は、第二王国に首根っこ掴まれているような関係から脱却できるでしょう。また、ナベニ共和圏の維持も容易になる。あえて第二王国を間に入れずとも直接統治できますし、わざわざ総督府のようなものをおく必要すらなくなるでしょう」

「……なるほど」


 心ここに有らずといった生返事ばかり返ってくるが、たぶん聞いていないというわけではなく、予め思い至っていたところを僕が述べている為に、再確認しているという風情なのだろう。その証拠に、またもぶつぶつと独り言を始めたタチさんの言葉も、先のものよりハッキリと聞こえてくる。


「妖精金貨十万枚というのは……、……しかし、この件から確実に第二王国をオミットできる点を考慮すれば……、……もしもその坑道が維持できるなら、占領地の維持も……、……それら二点を踏まえれば、あながち法外な値段というわけでも……」


 まぁ、ぶっちゃけ国を売るような話だからな。自国じゃなく、他国を売るって点はまだ擁護のしようもあるが、普通に外道な話だ。対価が莫大なのも、逆説的に当然の話ではある。


「……一つよろしいですか?」

「なんなりと」


 やがて足を止めたタチさんが、神妙な表情で問うてくる。僕は軽い調子で両手を開き、どんと来いと構える。


「なぜそれを、我々に伝えたのです? あなた方の立場であれば、第二王国を優先するべきでは? あなた方は、ゲラッシ伯爵とも良好な関係を築いていたはずでしょう?」

「先にも述べました通り、我々のこの技術をいまもっとも欲しているのが、帝国だったからですよ。ゲラッシ伯爵に教えれば、まぁ、自国内で技術を保護する為の手を尽くしてくれるでしょうし、対価の捻出にも心を砕いてくれるでしょう。それでも、得られて妖精金貨一万枚程度が関の山でしょうか」

「……たしかに」

「第二王国はダンジョン研究そのものとしては評価してくれるでしょうが、この技術そのものを欲しているかというと……。少なくとも、帝国程高くは買い取ってくれないでしょうね。なにより、口止め料を支払って、研究そのものを止められる惧れすらあります。第二王国にとっては、どちらかといえばよりも方が都合がいい技術でしょうからね。最悪、口封じをされかねないですし、そうでなくても研究を続ける事ができなくなる」

「なるほど。あなた方姉弟としては、研究は続けたい。その為の資金提供先として、帝国を欲していると?」

「いやまぁ、帝国じゃなくてもいいんですけどね。ルーナードとか? でも、あそこはあまりお金持ってなさそうですし、妖精金貨十万枚は捻出できないんじゃないですかねぇ」

「なるほど。ルーナード公国ですか……」


 ルーナードは国の三方をハイ・クラータ大山脈に囲まれているせいで、実質的に第二王国の属国のような立ち位置にある国だ。簡単に東の海につながれるこの技術は、垂涎の的だろう。

 とはいえ、経済的に第二王国に依存している小国では、軽々に妖精金貨十万枚の支払い契約など結べまい。帝国ですら、確実に一括払いは無理だろうし。


「どうでしょう? 帝国にとっても、利の大きい話かとは思うのですが?」

「それはそうですが、その技術が本当に役に立つものか、実際に目にしてからでなければ、なんとも……」

「なるほど。それは当然ですね。ですが、帝国にもそれ程時間的猶予がないのでは?」

「…………」


 図星だったのか、黙り込むタチさん。まぁ、あんな暴動騒ぎを起こしてでも、その先のナベニ共和圏侵略を有利に進めようとするくらい、いまの帝国は切羽詰まっている。


「……アルタンに戻ってからの話にはなりますが、実演してご覧に入れましょう。それから判断してくれても構いません」

「……では、そのように。ですが、前向きに検討させていただきます、とだけ」

「わかりました。それと、もしよろしければ、このダンジョンでの監視を――」

「――見・ぃ・つ・け・たぁ♡」


 割り込んできた声に、同じく割り込んできた斧頭を弾きつつ見れば、蛍光ピンクというなかなかに毒々しい髪色の少女がいた。

 商談の最中に割り込むんじゃないよ。



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