第51話 甘い罰

 少女はそのまま、構えた斧槍ハルバードで斬りかかってくる。タチさんを突き飛ばしてから、斧槍の斧頭を横合いから蹴り飛ばし、既に抜いていた【箕作鮫】を投擲する。

 対する少女も、すぐさま斧槍を引き戻すと、迫る【箕作鮫】をそのポールで弾く。


「どちら様ですか?」


 聞いといてなんだが、別に返答は期待していない。答える為に隙を作ってくれれば万々歳といった程度の期待で問うたまでだ。

 その間に、僕は【橦木鮫】と【鋸鮫】を抜く。


「ボクらは罰さ」


 期待してなかった答えが返ってきたものの、要領は得ない。まぁ、期待していなかった答えなど、そんなものだ。この少女が誰かなど、殺してから考えても遅くはない。

――と、思ったところでようやく、『ボクら』という複数形の表現に思い至り、同時に地面を蹴る。先程まで僕がいた場所を、一対の鈍色の軌跡が交錯する。


「そう、オレたちは罰」


 そこにいたのは、ピンク髪の二Pカラーみたいな少女だった。顔立ちも瓜二つなら、ツインテールの髪型も一緒。部分鎧に身を包み、純白のマントを纏うその格好までも、まったく同じ双子ファッションだ。数少ない違いが、蛍光グリーンの髪色と真っ赤な瞳の色、そして携えている武器だ。

 彼女が両手に把持しているのは、刃渡り四〇センチ程の一対の五指短剣チンクエディアだった。


「「【甘い罰フルットプロイビート】だ!」


 そうハモる二人にイラっとしたので、二人に向けて空中で逆さまになりながら、両手の斧を投げつけてしまった。これで残りは、腰の【鎧鮫ヨロイザメ】だけである。


「ご親切にどうも。殺しにかかってきた以上、死んでも文句言わないでね?」

「ハッ! こんなショボい太刀筋で、ボクらを殺せるとでも?」

「狙いが素直すぎて、昼寝しながらでも回避できるぜ!」


 二人が僕を挟む形で嘲笑う。まぁ、僕の近接戦闘技術は、お世辞にも高くない。基本的に力任せに振るうだけだからな。


「では、これならどうです? 【大雷おおいかづち】」

「ぅおっ!?」


 緑ツインテの背後から首元を狙った一突きを、彼女は慌てつつ五指短剣チンクエディアを交差して受ける。その突きを放ったグラも、まさか不意打ちで殺せないと思っていなかったようで、少しだけ目を見開いていた。


「お前が【陽炎の天使】か。お前は弟よりも面白そうだなッ!」

「ティナ、ズルいよ。ボクもそっちのがいい!」

「メラはそっちの雑魚で遊んでろよ!」


 明確に雑魚扱いされちったよ……。流石に傷付くなぁ。

 僕は【僕は私エインセル】を構えて、幻術の詠唱に移る。この二人相手に、僕の技術で近接戦は形勢不利だ。手元から装具のほとんどを離してしまったのも、いまから考えれば悪手だった。


「【蜃気楼シムラクルム】」


 以前、ミルメコレオに使ったのと同じ、己の虚像をいくつも生みだして撹乱する。ついでに【ネブラ】も使って、一瞬だけ相手の視界から外れれば、もうどれが本物の僕かはわかるまい。

 適度に距離を取りつつ、幻術で撹乱しつつ隙を窺おう。


「甘いよ、トーシロー」

「ぅおっとぉ!?」


 ピンクツインテのヤツ、迷わず僕に攻撃してきやがった。どうやら、一発で見抜かれたらしい。どうやった?


「足音やその他の気配が全然隠れてないし。そんなんじゃ、せっかくの幻術も意味ないじゃん」

「ご親切にどうも」


 いや、お礼こそ言ったが、気配ってなんやねん。お前ら仙人かよ。そんなもの、消し方どころか感じ方すらわからないっての!

 でもまぁ、人間の戦い方を学ぶという意味では、貴重な情報だ。そうか。トップクラスの戦闘力を誇る人間は、そんな漫画やアニメのような事もできるのか。もしかしたら、グラもできるのかな?


「あーあ、ホント、こっちはザコだな。【白昼夢の悪魔】とか名前負けもいいトコじゃん。もういいや。さっさと殺して、ティナと一緒に【天使】の方で遊ぼう」


 まるで気負う事なくそんな事を宣うピンクツインテ。

 クソガキが。誰の姉をどうするって?


「レヴンさん! タチさん! ここから離れてください! できれば、こっちを振り向かずに! 効果範囲内にいられると、巻き込みます!」


 しまったな……。いま手につけている【曼殊沙華】は【天邪鬼】のものだ。これは殺傷力が低いから、本来の【死を想えメメントモリ】と一緒に使う形に向かない。

【曼殊沙華】を外していると、僕の要請に応えたレヴンがジリジリと後退りしつつ問うてくる。


「わ、わかった! どこまで離れればいい?」

「できるだけ離れててください。最低でも、四、五〇メートルくらいは離れていてくれないと、命の保証ができません」


 僕らの切り札たる二つの幻術の合わせ技は、特別な幻術などではない。ちょっと脳のリミッターを解除して、ノーシーボ効果を引き起こしやすくしただけで、外から見える分にはただの幻でしかない。だがそれでも、人はペン先で突かれただけでも切り傷を錯覚するし、焼き鏝と言われれば冷めた火箸でも火傷する。

 万が一にも、レヴンやタチさんには、ここで死なれると困るのだ。


「さて、じゃあいくか――【死を想えメメントモリ】」

「はん? 散々勿体ぶった癖に、なんの変化も――」


――ゾワリ。

 久々に、この【死を想えメメントモリ】の空間に囚われたが、我ながらヤバい術を編み出したものだと再確認する。この、生物としての根幹を外気に触れさせているような、落ち着かない感じ。開胸手術中に意識があれば、きっといまの僕らと同じ気持ちになるのだろう。

 そう。だ。この、どうしようもなく落ち着かない危機感に捉われる感覚は、それ以外に一切の変化がなかったところで、眼前の少女も気付いている。それだけでなく、この薄暗い海中にいま黒い雪が降り注ぎ、地面からは骸骨が生えているのだから、当たり前といえば当たり前だが。

 あの日のバスガルのダンジョンと同じ光景だ。だが、ピンクツインテはこの光景を、ただの幻術だと笑う事はない。当然だろう。この空間に囚われたという事実を、文字通り肌で感じているだろうからね。

 僕は使う前から戦力外通告を受けた、可哀想な【鎧鮫】を投げ捨てると、詠唱を続ける。


「【紫紺の衣、茜のかんばせ、覗く一つ目は明星――」


 本来、これは術式の発動プロセスとしては不要なものだ。だが、残念ながらニコイチ用に作りあげた術式を、改めて一つに戻して唱えるような無駄な真似ができる程、僕は器用ではない。

 右手と左手の手首を交差させる。本来なら、そこに腕輪のような装具を装備しているはずなのだが、いまは励起した術式が刻まれているのみだ。


「――蛾眉がびに笑う月が裂け、ひたひたと夜陰のかいなはすぐそこに。王莽時おうまがときは其を愛でさし給う】」


 杖を把持したままだが、手首を交差させて左右の手を組み、回すようにしながらその手を持ち上げる。胸の前で組んだ掌中で、タイミング良く接触させた術式が正常に作動し、発動のタイミングをいまかいまかと待っている。

 最後に、これは必要なプロセスとしての詠唱を行う。ニヴルヘイム――あるいはヘルヘイムの主の名を、呼ぶ。


「【死者の女王ヘル】」



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