第47話 タチの決断と、部下との齟齬

 ●○●


『……会えますかね?』


 耳に当てたマジックアイテムから、ノイズ混じりに聞こえてくるボーイソプラノ。ショーン・ハリューの声だろう。

 あまり離れていないというのに、その音声はお世辞にも聞き取りやすいとはいえない。それでも、会話の内容を聞き取れるだけ、このマジックアイテムの性能は非常に高い。流石に、六級以上の魔石をバカ食いするだけの事はある。

 ただ、普通のダンジョンであれば、ここまで離れている環境で相手に気取られる心配もないのだが、このダンジョンでは可視範囲だ。実に面倒な場所である。

 主語は不明瞭ながら、相手はダンジョン内で接触した、アルタンの町の冒険者、レヴンだろう。五級冒険者にして特級冒険者。そして情報屋としても名を売り、また冒険者ギルドの支部長からも信頼されている、辣腕の斥候だ。

 接触した理由はわからないが、いま現在は姉弟の斥候技術を補って、ダンジョン探索を行なっている。


『まぁ、どちらにしたって、向こうも俺たちには気付いているさ。少なくとも、相手だって俺たちに注目している』


……これは……。


「ランブルック様、彼らは、我らの尾行に気付いているのでは?」

「当たり前だろう。このダンジョンでは、我らの姿は相手に丸見えなのだからな」


 もしも姉弟だけだったとしても、普段は過疎なこのダンジョンに現れた、大人数の探索者の存在には不審を覚えていたはずだ。そのうえで、つかず離れず自分たちに尾いてくる者らがいれば、不審は確信に変わっているに違いない。

 そこに、斥候であり情報屋でもあるレヴンまで加わっていれば、疑念は一入だろう。


「では、この会話はやはり……」

「こちらからの接触を待っているのだろうな」


 姉弟からすれば、鬱陶しい尾行者に接触しやすい状況を誂えてやったつもりなのかも知れない。彼らにとっては、尾行者の多くは国内の有力者が、自分たちに粉をかけようとしている認識だろうからな。

 あるいは、教会や大公の手の者もいるだろうが、そちらが接触してくるのを待っているとは考えにくい。そちらが動く場合、もはや交渉の段ではないからな。


「どうします?」

「…………」


 部下の問いに、沈思黙考する私は答えない。

 姉弟と接触するのは悪手だ。なれど、姉弟に敵対される方が、帝国にとってはより悪影響だ。

 そこでさらに――


『たぶん大丈夫さ。向こうさんだって、俺たちから話を聞きたいはずだしな』


 決定的なレヴンのセリフ。間違いなく、向こうは我々からの接触を待っている。ここで拱手していては、機を逃す。

 幸い、姉弟は王国にも王冠領にも、然程の忠誠心を持ち合わせてはいない。多少、ゲラッシ伯との繋がりはあれど、命を懸けてまで彼の為に働く程の義理も人情もないだろう。先の騒動は、伯の配下の不手際でもあるのだ。

 となれば、ここで優先すべきは……――


「――姉弟と会おう」


 結論を口にする。


「よろしいので?」

「待っていても、別の間者が接触するだけだ。その者の口から我らの存在が明かされるよりは、自己紹介でもした方が不信感は低減される。この場合は、我らに対する悪印象を植え付けられぬ事を優先する」

「――はい」


 我々と姉弟との関係は、初めから薄氷上にあるも同然だ。向こうはゲラッシ伯爵領の住人で、我々は帝国の住人というだけで、ゼロベースでの話し合いというものは難しい。常に、マイナススタートにならざるを得ない。

 そこにきて、さらに不信の種など撒かれようものなら、そうそう良好な関係構築など望めまい。


「私が出向く」

「ッ!? し、しかし」

「この状況だ。見せられる限りの誠意を見せた方が、相手に愁眉を開かせる意味でも有効だろう」

「で、ですが、相手はあのショーン・ハリュー――正体不明のの使い手です。ランブルック様が操られたり、騙される惧れはあるかと」

「それはあるだろうがな……――」


 並みの幻術師が相手であるなら、そんな心配をする必要はない。幻術など、大抵は生命力の理で抵抗レジストできるのだから。だがしかし、あのショーン・ハリュー相手にその程度の対策では、まったく安心できないというのだから、如何様やりづらい。

 まったく、本当にどんな者に師事していたやら……。……何十年……いや、一〇〇年、二〇〇年と人間の『心理』というものを研究してきた秘密結社があって、そんな連中の集大成があのショーン・ハリューだった――なんてのは、流石に妄想が過ぎるか……。


「以後、私の命令権をドルストの下位におく。現時点で、私の現場における最高責任者の権限を、私の権限において剥奪する。良いな?」

「――ッ! は、はぁ!」


 私の覚悟が伝わったのだろう、ドルストが気を付けの姿勢をとって応答する。姉弟に聞こえないよう潜めてはいるものの、その緊張した声音は彼の決意が込められていた。

 もしも私がショーン・ハリューに操られているようであれば、拘束、ないしは殺害してでも、余計な真似はさせるなという、私の意思にドルストの目もなにかを覚悟したような色を帯びる。今後、おかしな命令を下すようであれば、ドルストは躊躇せずそれを成してくれるだろう。

 問題は、いつまで私の権限を制御するかにもよるが、最悪代替わりも検討するべきだろうか。まぁ、それはいまはいい。現時点で重要なのは、あの双子の動向だ。


 私は最低限の供を連れて、ダンジョンを歩み始めた。


 ●○●


「……わかっているな?」

「ドルスト様……」


 俺の問いに、部下が不安そうな顔をする。当然だろう。あの、ランブルック・タチから、俺のような若輩の指揮下におかれたのだ。不安がないわけがない。俺ですら、ランブルック様の庇護下にいないこの重責に、押し潰されそうになっているのだ。


「ランブルック様は、我々にとって、未だ必要不可欠な存在だ」

「はい……」


 弱々しい声音に、情けないと一喝したい衝動に駆られる。だが、それもまた仕方のない事だ。帝国にとっても、タルボ侯爵様にとっても、ランブルック様の役目は重要なのだ。

 間違っても、こんな場所で失っていいお方ではない。


「もしも、ショーン・ハリューが幻術を用いて隊長を操っているようであれば、術者を討つ。操り手がいないのであれば、ランブルック様は自由だからな」

「はっ!」


 今度はハッキリとした、強い返答。その目にも、決然とした意思が宿っている。

 独断専行ではない。先程、俺はランブルック様から現場指揮権を委譲されたのだから。そのうえで、ランブルック様の安全を最優先した任務に切り替えただけである。

 あの方は、どうにも自分の価値を低く見積もっている節があるからな。

 覚えておけ、ハリュー姉弟。お前らがいかに強大で、重要な存在であろうとも、ランブルック様に手を出すなら、我々帝国の暗部すべてがお前たちの命を摘み取りに、暗がりから手を伸ばすぞ。



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