第46話 ゴルディスケイルの四層

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 サクサク探索して、いまは三層半ば。流石に今日はこれまでという事で、滅茶苦茶床冷えするが、ここで野営となった。もうダンジョン内での野営も慣れたもので、さっさと準備して三人で火を囲む。火は、レヴンの持ってきた、折り畳み式の台みたいなものの上で焚いている。これがあると、あまり焚き火に適していない場所でも火を熾せるので便利らしい。

 尾行者は、まだ二〇人くらいついてきている。二層で半分以上が尾行を断念してくれたのだが、やはりどうやらランブルック・タチさんの手勢と、教会、大公の手の者は結構しつこい。

 まぁ、彼らの人数も減ってくれてはいるが……。


「なぁなぁ、こんな機会が何度もあるとは思えないから聞いときたいんだけどさ、お前らのダンジョン工房ってどうなってんの?」


 周囲にタチさんの手勢が聞き耳を立てているからだろう、レヴンは対外的には魔術師の工房という事になっている僕らのダンジョンについて訊ねてくる。まぁ、隠れられてはいないんだけど、そこそこ近くに陣取って、野営している。声が届くとも思えないが、諜報員の耳を侮るなんて真似ができるはずもない。マジックアイテムを使っていたりする可能性もあるし。

 とはいえ、それは別にタチの手勢に限った話ではない。いつ敵に回るかもわからない相手に、手の内を明かせるわけもない。

 なにを聞いているんだと呆れながら、ため息を吐くグラと僕。


「教えるわけがないでしょう? 僕らの防衛の要ですよ?」

「いやいや! 別に内部構造を詳しく教えてくれって言ってるんじゃないんだ! ただ、これまでほとんど生還者を出していないような工房だぜ? そんなの、大規模ダンジョンだって不可能な所業じゃねえか! 詳しい工房の仕掛けってよりかは、その大まかなコンセプトを教えてくれって話さ! もしもダンジョンにそれをやられても、上手い事逃げられるように、な?」


 まるで本物の冒険者の斥候らしい、危機管理を念頭においたセリフだが、その実はやはり自分の主であるダンジョンコアの利になるような情報を得たいという魂胆だろう。まぁ、でも、そのくらいは別にバラしても構わないか。


「大まかなコンセプトですか……。そもそも、ダンジョンと僕らの工房とでは、そこからして全然違うんですよね」


 僕の呟きに、レヴンは意表を突かれたような表情をする。自分で質問しておいて、答えてくれるとは思っていなかったのだろう。ただまぁ、僕がここでこの話を聞かせたい相手は、彼ではないのでこの場合はこれでいいのだ。


「普通のダンジョンの場合、浅層はおざなりになっている場合が多いでしょう? あるいはなおざりだ。僕らの工房は逆に、一層から危険度が高くなっています。それ故に、さらに奥に足を踏み入れた者の撤退が非常に困難であるってのは、生存者が少ない大きな要因でしょうね」

「な、なるほどな……」

「ダンジョンは、より多くの侵入者を欲しています。だから、浅層にあまりに大きな脅威を配置すると、侵入者そのものが減ってしまう。そうでないダンジョンもあるようですが、そういったダンジョンの多くが小規模ダンジョンです」


 浅く、若いダンジョンというのは、考えなしに自らの持ち得る最高戦力を、前面に出しがちだ。勿論、浅く狭いからこそ構造が単純にならざるを得ないという理由もあるのだろう。あるいは、生まれたてで、それ以外を考えている余裕がないのか。

 そして、大きくなるにつれて、浅い層の脅威は下がる傾向にある。その理由が、より多くの侵入者を欲してか、あるいは大きくなったせいで浅層の管理が適当になったからかはわからないが、それによって侵入者が増えるのは間違いない。ダンジョンにとっては、DPを得られる機会が増えるのだから、そちらの方がいいだろう。


からね。侵入者が増える事なんて望んでいないんですよ。だから、わざわざ浅い層の脅威度を下げる必要がないんです」

「……なるほど、ね」


 そこでレヴンも、僕が誰に向けて話しているのか察したのだろう。神妙な表情になって、チラリと近くで野営している連中を盗み見る。

 その通り。彼らに対して、僕らの工房はダンジョンとはまったく別物なのだとアピールしているのである。こういう情報の布石は、数を打っておけば打っておく程効果が高まる。いずれ共通認識になれば、どこかでミスって疑いをかけられても、周囲がフォローしてくれるようになる可能性もあるのだ。


「しかし、そうなるとダンジョン対策として聞いても、役には立たなそうだな」


 仕方ないとばかりに肩をすくめて嘆息するレヴンに、僕も苦笑しつつ頷いてみせる。上手い事、彼を潜伏工作に利用したのだ。ため息の一つくらい、吐きたくもなるだろう。


「ダンジョンといえば、レヴンさんは最近アルタンの近くにできたダンジョンについては、どの程度聞き及んでます?」

「最近? ああ、なんか丘陵の影にできた、生まれたてのダンジョンがあったって話は聞いたな。でもアレ、もう討伐されたらしいぞ。俺も詳しいところまでは調べてねえけど、バスガルの騒動もあって、町に近すぎるダンジョンを早急に潰しときたかったんだろうな」


 たしかに、アルタンの町はバスガルの延伸騒動と、先の暴動騒ぎのせいで、交易路の宿場町としての機能に支障を来している。ここにさらに、小規模とはいえ近場にダンジョンができたという話になれば、いよいよ交易そのものに悪影響を及ぼし、果てはゲラッシ伯爵領全体の税収の低下につながるだろう。それだけでなく、スパイス街道の交易が滞れば、当然帝国にだって悪影響が及ぶ。


「まぁ、相当な腕利きを送り込んだんだろう。俺がグランジに話を聞いて、件の暴動騒動が終わったあとに調べ始めた頃には、既に討伐されていたからな。だから、詳しい話は知らねえよ。そっちはどうやら、商売敵のチッチが詳しいみてぇだな。もしかしたら、討伐にも加わってたかも知れねえ」


 うん。加わってたね。ついでにいうと、討伐したのは僕らとシッケスさんだ。だが、それをここで教える必要はない。大事なのは、レヴンがこの程度の情報しか知らないという事は、当然もっと詳しい情報はどこにも伝わっていないという点だ。


「そうですか……」


 レヴンはどうやら、個人的にもアルタンの支部長ギルマスと親しそうだったから、もっと詳細な情報を得ている可能性もあった。だが、この分ではあの支部長ギルマス、情報管理においてはそれなりに信頼してもいい人物のようだ。


 ●○●


 寒すぎてほとんど眠れない野営を終えた翌日、相変わらず美しいアクアリウムのような光景を楽しみつつ探索を続けた僕らは、いよいよ四層に到達した。海底に半分埋まったような、岩礁混じりのフロアは、なるほどたしかに隠れられる場所が多そうだ。それに加えて、いくら透明度の高い水質とはいえ、ここまでの水深ともなると、やはりどうしても薄暗い。


「……会えますかね?」


 主語をぼやかして訊ねる僕に、レヴンはわからんとばかりに肩をすくめる。


「まぁ、どちらにしたって、向こうも俺たちには気付いているさ。少なくとも、相手だって俺たちに注目している」


 まぁ、それはそうだろう。ダンジョンにとって、人間は勿論、僕らダンジョン側の存在だって、等しく侵入者である事に変わりはない。その動向監視を怠るわけがないのだ。


「たぶん大丈夫さ。向こうさんだって、俺たちから話を聞きたいはずだしな」


 レヴンの気楽なセリフに、僕は難しい顔をする。この男が本当にニスティス大迷宮の使者であるのかどうか、それが問題なのだ。

 もしもそんながあるのなら、僕らがゴルディスケイルを訪ねた別の理由においては、望外の幸運といえるだろう。


「まぁでも、期待せずにおきますよ」


 もしもレヴンが、別のダンジョンからの使者だったとしても、この際問題はない。問題がある状況は、彼がダンジョンではなく人間側の勢力だった場合だが、流石にそれは心配のし過ぎというものだ。

 彼が僕らに接触してきた理由である『最悪の危惧』からして嘘だったという事になる。僕らがダンジョン勢であると知ったあとから、そんな作り話をしてまで疑いをかける理由はない。

 まぁでも、ゴルディスケイルのダンジョンコアが彼の身を保証しない限り、彼はこのダンジョンから生還する事はない。接触するまでは、逃がすつもりもないし、逃げようとしたら殺すしかない。

 僕もグラも、その心積もりはしている。



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