第45話 人攫い

「まぁ、二層でゴルディスケイルのダンジョンコア様と接触するのは、まず無理だな。四層まで行けば、暗くて見通しも悪くなるし、岩礁を使った洞窟も混じるから、身を隠す場所は増える。本当に接触を図るなら、時間をおくよりもそっちがオススメだぜ。あいつら、たぶん何度繰り返してもお前さんらを尾け回すだろうしな」


 レヴンの提案に、僕らは渋々ながら従った。

 ゴルディスケイルのダンジョンコアとは、接触しなければならない。それこそが、今回の旅の目的なのだから、後回しにはできても中止はできない。

 しかし、それを衆人環視の中で行うわけにはいかない。僕らがダンジョン勢である事がバレてしまう。

 なんとかして、あの監視の目を逸らさねばならないのだが、強硬手段をとるわけにもいかない。ダンジョン内での攻撃や殺人が罪に問われる事はまずないし、第一このゴルディスケイル島は誰にも統治されていない無法地帯だ。だがそれでも、冒険者には冒険者の不文律というものがある。それを犯す者は、なにをされても文句は言えない。ダンジョンで無闇に他者に襲い掛かる者は、法よりも端的で直接的な制裁を加えられるだろう。より後腐れのない形で。

 さらにいえば、先の騒ぎは、形は違えど僕らの悪評が原因だった。今回も、そしてこっちでもまた、同じように悪評を放置するのは得策ではない。

 まぁ、アルタンではもう手遅れではあるのだが、別の町では良くも悪くも僕らの知名度はそこまで高くない。当然、悪い噂もまだ流れていない。あんな騒動をもう起こされない為にも、できるだけ評判というものは良好に保っておきたいのだ。


「つまり、ダンジョンの奥に誘き出して、皆殺しにしてしまえば、周知される事もない、と」

「いや、違うから。わざわざ積極的に攻撃する必要はないって話」


 こちらから攻撃する姿を目撃されると困るし、なんなら気付いていないフリでもしつつ、適度に数が減るのを待てばいい。全滅しないなら、それでもいいしね。

 ここはダンジョンだ。つまりは、危険がいっぱいなのである。陰謀の舞台に選ぶには、あまりにも剣呑なフィールドである。要は……――


「実際に手を下すのは、ここのダンジョンコアに任せよう。僕らはあくまでも、ダンジョンを探索しているだけさ」

「ふむ。まぁいいでしょう。倒したところで、我々のDPになるわけでもありませんしね。ここのダンジョンコアも、獲物くらい己の手で狩りたいでしょうし、その程度もできないようであればダンジョンコアとしての実力不足です」


 僕らはそう言ってから頷き合い、笑い合い、ダンジョンの探索スピードを上げた。僕ら二人のやり取りを傍観していたレヴンは――


「なんなんだよ、アンタらのその関係性? サッパリわからん」


 と、首を振りながらも、先行して道中の安全を確保してくれる。彼は斥候の技能があるようだ。冒険者として人間社会に溶け込む為に、きちんと身に付けたのだろう。偉い。

 僕らはすっかり、斥候技術は使用人任せだからなぁ……。


 ●○●


 ハリュー姉弟が購入した屋敷に忍び込む。随分と、分不相応な豪邸だが、所詮はスティヴァーレの自治共同体コムーネの領主の所有だったもの。危機に際してすら一丸となれない、烏合の衆どもの屋敷など我らが陛下の城屋敷は勿論、その配下の方々、果ては第二王国の王侯にすら劣る程度のものでしかない。

 俺はそんな王侯にも顔が利き、何度もそんな屋敷に呼ばれて出向いた事もあるのだ。

 夜陰に紛れ、幾人かの手勢が広い庭を駆けていく。いまはまだ、主人も住んでいないこの屋敷には、警邏どころか門衛すらいない。

 だが、そんな屋敷にはいま、主人たちが住むに相応しい調度を整える為、使用人たちが寝泊まりしているという。


「……フィレンツィ様、お静かに」


 一人が庭の植え込みに身を隠し、こちらにも注意をしてくる。彼が注意を払う先には、使用人と思しき男が、煌々と明かりを灯しながら、東家ガゼボの整備をしているところだった。


りますか?」

「いや、あれはターゲットじゃない。なにより、無闇矢鱈に騒動を大きくしすぎるのは好ましくない」


 事はあくまでも、平民の小金持ちの使用人が、危害を加えられた、程度に治めなければならない。あの女代官や、その下の連中が本腰入れてこちらを追いかけ回すような事態は困る。

 人攫いの一件や二件であれば、現場の衛兵たちが管轄する小さな事件として扱われるだろうが、押し込み強盗同然に、やたらめったらに人を殺して回れば、凶悪な殺人鬼がこの町に彷徨いているという事件になる。当然、代官の耳にも入るだろう。


「あれはやり過ごす。狙いはあくまでも、ショーン・ハリューお気に入りの、二人の使用人だけだ。それ以外には、極力手を出すな」

「……は」


 感情のない返答に、本当に命令を守る気があるのか否か、判断がつかなくて困る。

 こいつらは陛下の家臣ではない。当然ながら、信頼のおける人物でもない。単に、チューバの昔馴染みの冒険者で、こういった後ろ暗い仕事も請け負う連中という事で、同行しているに過ぎない。

 あの使用人の顔貌かおかたちを知っているのは、俺だけだからな。

 東家を大きく迂回して、屋敷に侵入を果たす。数人の男たちが、ひと気のない家屋内を、音もなく移動しては各所を確認していく。

 まったく。やはりあの姉弟のものとするには、分不相応に広い屋敷だ。おかげで、探索にも時間がかかって仕方がない。


 それから十数分ののち、我々は目的の二人の人物を発見し、それを攫った。




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