第44話 晴れない疑いと追跡者たち

 ●○●


「なんにしても、これで僕らが、ニスティス大迷宮のダンジョンコアが危惧するような存在ではないと、確認は取れましたよね? ああやって、人間を嗾けて僕らを襲うの、やめてもらえません?」


 僕は通路の前後で屯ろしている人間たちを見遣りながら、レヴンに言う。このタイミングで話しかけてきたいう事は、あれもまた先の一件と同じく僕らにぶつけて様子を窺う為の当て馬というか、咬ませ犬だろう。


「放置しても倒しても、悪目立ちして次から次へと騒動が舞い込むようになるんですよ」

「いや、アレ、俺がやったんじゃねぇし。放置してたら、アンタらが勝手に布教派と深教派の対立でキナ臭い教会だの、旧領奪還の野望に執念を燃やす、いまだに王位も有している大公だの、面倒な輩と揉めた結果だろ」

「へぇ、あれって教会とか大公とかの手の者なんですか? まぁ、それはたしかに僕らが撒いた火種ですけど……」


 でもなぁ……、そいつらに目を付けられたのだって、元を質せば先の【扇動者】騒動がきっかけだ。つまり、眼前の男が悪い。


「あとはまぁ、ゲラッシ伯爵領に新たに生じた脅威たる、ハリュー姉弟なる輩の為人をたしかめにきた、帝国において隠密集団のボスでありながら、英雄扱いもされている男とかな」

「え? なにそのおっかなそうな人……」


 もしかして、有名な忍者集団とかだろうか? だとしたら、とてもではないが敵対したくはない。知らぬ間に寝所に忍び込んできて、寝首を掻かれたら……、って僕らが寝てるのは、ダンジョンの地下か。それなら安心。忍者だろうが間諜だろうが、ダンジョンに侵入された違和感は、察知できないわけがない。


「あとはまぁ、アンタらに注目している国内外の有力者からの間諜だな。こいつらは、あまり積極的にあんたらの動向を監視しようって気はねえ。ちょっと、なにしてんのか気になっている、程度だな。っていうか、俺はお前らがアルタンからいなくなっているのに気付いて、押っ取り刀でウワタン、ゴルディスケイルって追いかけてきて、いまようやく合流したんだぜ? 変な工作する時間なんてなかったっての」

「そうですか。まぁ、それはお疲れ様でした?」


 僕が労うのも違う気がするが、こうしてあの人たちがどこの所属か、情報提供してくれているのだから、なにがなんでも敵対しようとは考えてないのだろう。


「いやまぁ、アンタらを見失ったのは、先の一件の後始末に追われてたってのもあったからな。自業自得さ。それで迷惑を被ったあんたに労われちまうと、立つ瀬ってのがなくなっちまう」

「それでも、こうして僕らの疑惑が晴れたのですから、結果オーライでは?」

「いや、悪いがアンタらの疑惑は別に晴れてねえよ」


 両手を広げて潔白をアピールする僕に、ため息混じりに首を振るレヴン。うん。やっぱり、この程度では騙されてくれないよねぇ。


「先の暴動騒ぎは、アンタらが人間とどの程度のつながりを持っているのかを、確認させてもらった。多くの人間を殺傷しない為に、領主やそれ以上の権力者に接触しないか、あるいはそちら側からの接触がないかをな」

「ふぅむ。そうなると、僕らは結構権力者に接触してしまいましたね」


 領主であるゲラッシ伯は勿論、広範囲に影響を及ぼす商業ギルドの御曹司に、アルタンの町の有力商人たち。あとはまぁ、間接的にだが冒険者ギルドにも助けてもらった。

 こちらから積極的に接触を図った相手もいれば、向こうから関わってきた者もいる。そうなるとたしかに、疑惑が晴れたとは言い難い状況か。


「でもなぁ……」


 あの状況下で、どことも関わらずに事態を終息させる方が不自然だろう。下手に独力での解決なんかすれば、今度は人間社会の方で危険視される。あちらを立てればこちらが立たずだ。


「あとはまぁ、バスガルとの戦いそのものは、仕方がないと理解はしているが、その対処がマズかったな。バスガルの延伸の理由はまぁ、人間たちに追い詰められての事だろうと推測は立つ。そこにたまたまお前たちがいたってのも、運が悪かったとしか言いようがない。――が、その解決にあたって、あんたらは人間の戦力を介在させて、勝利を得た。実力差がある状況で、やむを得ないという点は重々承知のうえでも、やはりそのやり方は、ダンジョンとしてあまり誉められたものじゃない。さらにそれは、地上で生きるダンジョンコアという疑いを深めるものでもある」

「なるほど、それはご指摘もっともだね」


 たしかにあれは、本来の実力差を考えれば、バスガルの横綱相撲だったはずだ。それを、かなり強引な手段で、勝利という果実だけもぎ取ってしまった。人間と協力してのダンジョンコア討伐ともなれば、なるほど裏切り者と疑われても仕方がない。


「そんなわけで、未だアンタらの疑惑は晴れてないんだ。口先でどう言おうと、な」

「ま、仕方ないね」


 肩をすくめる僕に、レヴンもまた同じ仕草で苦笑する。

 疑われているのは、まぁいい。別に痛くもない腹だ。問題は、誤解からニスティス大迷宮に敵対されてしまう事だ。


「あの連中を皆殺しにしたら、僕らの疑いって張れる?」

「その程度でいいのなら、いますぐできますが?」


 僕らが階段付近に屯ろしている連中を指し示しながら問うが、レヴンは首を左右に振る。


「人間を何人殺そうと、証になんてならねえさ。国一つ落としたとかならまぁ、別だろうが……」

「そこまでいくと、地上でのしがらみがなぁ……」


 そもそもできないしね、そんな大それた事。


「じゃあどうしようか? このままあの人たちに監視されてると、ゴルディスケイルのダンジョンコアとの接触もままならないんだよね」

「それでは、結局我々の目的が達せられません」


 グラの言葉に、レヴンはこてんと首を傾げながら問うてくる。


「そもそも、なんだってアンタらは、ゴルディスケイルのダンジョンコア様に接触しようとしてんだ?」

「いや、バスガルの二の舞はごめんだからね。お互いの拡大計画を話し合って、ぶつかり合わないよう、調整しにきたんだよ」

「ふぅん……? たって、アルタンとゴルディスケイルだろ? 結構距離あるし、そうそう接触はしねえだろ。深くなれば別だろうが……」


 ダンジョンは惑星という球体の中心部に向けて成長する。故に、深くなればなる程、他のダンジョンと接触する可能性が増える。

 その際の接触とはつまり、勢力争いであり、バスガルと僕らの演じた生存競争と同じ、侵略合戦に至る事が大半らしい。まぁ、稀に話し合って、互いに領分を決めて棲み分ける場合もある。それは、実力差がハッキリし過ぎていて勝負にならない状況で、あえて格下のダンジョンコアを殺してまで戦う意義を、格上のダンジョンコアが見い出せない場合に起こる事のようだ。

 だから、中規模ダンジョンのゴルディスケイルと僕らとで、この段階で話し合ってまで棲み分けをするというのは、たしかに珍しいのかもしれない。とはいえ、ゴルディスケイル島はともかく、既にウワタンの町の地下には僕らのダンジョンが広がっているし、いずれはベルトルッチ平野に食い込むつもりだ。そういう意味では、やはり話し合いの場は必要になる。

 その為にも、あの連中をどうにか撒かないといけないのだが、目的が僕らの動向監視ともなるとなぁ……。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る